第1回 : 「ディフェンス戦術の類型」

アルゼンチンの名将メノッティは現代のマーキングについてこう言っている。
「マンマークが廃れていったのは、人に付ききれなくなったことが原因だ。」
一方、オランダが生んだ英雄ヨハン・クライフはプレッシングの誕生の経緯についてこう言っている。
「プレッシングが生み出されたのは、パスに付いて行けなくなったことの証拠である。」

余程注意していなければ、彼らがそれぞれまるで違うことを言っているように聞こえるかもしれない。
メノッティはそれを概念的に、クライフは具体的に表現しているため分かりにくいが、彼らは実は同じことについて述べている。 これらの発言の論拠を導き出すには「相手の攻撃をどこの段階で止めるのか?」というサッカー永遠の命題について、幾分か思慮を廻らす必要がある。

■ディフェンス戦術の歴史
■マンマーク全盛の時代
近代のサッカーとそれ以前とで大きく違う点があるなら、それはマーキングの方法論であろう。

かつてのサッカーでは11人の選手の役割は1人1人ハッキリとしていた。
まず試合が始まると選手はピッチの前と後に分かれる。
DFが跳ね返したロングボールをウィングが拾ってドリブルで突っかける。
果敢な1対1がゴール周辺のいたるところで発生し、最後にはインナーFWがボールをゴールに押しこむ。
これがサッカーという競技だった。

当時の中盤は、今からすれば存在していなかったも同然で、現在見られるようなポジションチェンジもなかった。 それどころか、ある人の担当する地域に入ろうものなら味方にすら邪険に扱われるのは必死だった。 パスならパス、ドリブルならドリブル、シュートならシュート、ディフェンスならディフェンス。 それぞれの仕事は細分化され、概ね一人一役割というのが基本であった。

そうしたスペシャリスト達によるサッカーが栄えた時代、
「相手の攻撃を止める方法」は基本的にボールの動く先、動いた先を潰すことだった。 ウィングをはじめとした「ドリブルを多用するサッカー」では、それは最も効果的な守備戦術であった。
そいういったマンマークによるディフェンスが全盛だったのは WMシステムが最も栄えた時期と一致する。 WMシステムは誕生から約30年間に渡り、最もポジティブで有効なシステムであり続けた。 攻撃側と守備側の人数が同数となるこの形は、「エレガントなシステム」として大英帝国の歴史と共に歩み続けることになる。

ポジションチェンジがほとんどない、しかも1人1人はその分野のスペシャリストであるならば、 そこでは1人の選手が特定の相手を1試合じっくり見ることで、フリーの状態を無くしてしまうマンマークディフェンスが最も効果的だったのだ。

WMシステムでマンマークによるディフェンスも一度完成を見る。

■マンマーク衰退とゾーンディフェンスの登場
WMシステムでサッカーのシステムも完成したかに思えたが、時代と共に状況は変わっていく。 衰退の最大の原因は「人に付ききれなくなったこと」。つまりマンマークが機能しなくなったことにある。

要は選手の運動量が増加し、技術力の向上によってパス精度が増したのだ。
運動量の増加は相手と対面して守るDFにマーカーがついて行けなくなる十分であった。 同時に、それらの動きに合わせるパスが出始めるようになると、もはやマンマークの敗北は決定的となる。

かつてのような「ボールの先を潰す」という方法論で対応することが出来なくなってから、 現在のように「ボールホルダーを自由にすると必ずやられる」時代になるまでに、そう時間はかからなかった。 そういった攻撃優勢の時代に対応する形で次に考え出されたのが、ゾーンディフェンスとプレッシングの考え方だ。 これは付ききれない「ボールの先」をいつまでも追うのではなく、今度は「ボールの出所に先回りする」あるいは「ボール自体を出させない」というまさにコロンブスの卵的な発想だ。

■ゾーンディフェンスの誕生
マンマークが1対1を前提として"常に特定の相手をマークする"というマーキング理論であるのに対し、 ゾーンディフェンスは"特定の選手ではなく、ある地域に侵入した相手をマークする"というものだ。

ゾーンディフェンス自体は4−2−4システムの誕生とともに考え出されたもので、その発祥は南米である。 つまり、当時から既にワンツーなどのテクニックとスピード溢れる攻撃を展開する南米の選手に対して、 鈍足のDFでは完全に付ききれなくなってきたことの影響がおそらく大きいのであろう。 歴史的に見れば、相手のマークに最初に付ききれなくなったのは南米であろうことは容易に想像がつくことだ。 個人技の南米、組織の欧州と言われた時代もあるほど、彼らの個人技は当時から突出していた。

DFの数が増加した影響も見過ごすことは出来ない。
マーキングに対し、人ではなく地域にプライオリティーを置くゾーンディフェンスでは、いかに効率よく自陣守備地域を埋めるかが戦術の鍵になる。 FWの人数が多く攻撃側が常にワイドに展開するそれまでのサッカーでは、2人や3人のDFではどうしても後方のエリアを埋め切れなかったし、 また当時は多くのチームがウィングシステムを採用していたために、 相手の両ウィングに対して両SBがマークに付き、残りの中央の危険なエリアを強いCBが2人でカバーできるので ゾーンディフェンスだけではなくマンマーク的にも活用できる戦術だった。

ただ、このころまだ今のような「ラインを揃える」という概念は存在していない。
故にSBは少し上がり目のポジションを取り、CBはそれに対してやや下がり目のポジションを取ることでカバーリングに重点を置くというのが一般的であった。
そのことはテレサンターナの戦術を見てもわかる。

■ラインの概念の登場
4バックによるゾーンディフェンスの起源が南米であるなら、それを一直線に揃えたラインディフェンスの起源は欧州である。 一説にはベルギーのアンデルレヒトがラインディフェンスを使ってオフサイドトラップを仕掛けたのが始まりとも言われているが、 実際誰がライン戦術を考案したのかはよくわかっていない。

当時は中盤のプレッシングが必須の方法論ではなかったことと、まだFWの運動量が少なかったことを前提としておきたい。 それを考慮した上で、ラインを形成する意味は「押し上げることで厄介なFWを置き去りにすること」だった。 プレー関与の有無がオフサイドの成否と関係ない時代には、ラインより後方に少しでも相手がいる状態でボールが出れば、それは即オフサイドとなったのだ。

例えば、チャンピオンズカップを制したリバプールは81年と84年にトヨタカップのため来日しているが、 ディフェンスは既に一直線のラインを形成し、押上げによるオフサイドトラップを実践している。 このことから70年代後半の欧州にはおそらく既にそれが存在していたことがわかる。 当時の文献を見る限り欧州全体で流行の兆しがあったこともわかっている。

だが皮肉なことに4バック戦術の最先端を行くリバプールも、この時のトヨタカップでは南米のフラメンゴとインディペンディエンテにそれぞれ完敗を喫している。 フラメンゴのジーコやインディペンディエンテのマランゴニらからラインの裏に飛び出したFWに、 たった一本スルーパスを送られただけで守備ラインを切り裂かれてしまったのである。

それは欧州のFWならまだしも、南米の素早いFWとテクニックある中盤からの展開はラインディフェンスだけでは防ぎきれないことを証明する出来事だった。 DFラインがFWの対応ではなくラインの形成の方に意識を集中させてしまい、ライン前方スペースのチェックがかなり甘くなっている部分もあった。 最先端のラインディフェンスとその弱点がまさに露呈した瞬間であった。

■プレッシング理論とトータルフットボールの関係
現代につながるプレッシング理論が最初に脚光を浴びたのは76年前後のアヤックスとオランダ代表のトータルフットボールだ。 だがプレッシング自体はトータルフットボールがオリジナルではない。 サッキによるとその起源は50年代のハンガリーのマジックマジャールが最初であると言っている。

トータルフットボールにおけるプレッシングは、「常に攻撃をし続けるために、できるだけ相手ゴールに近いエリアでボールを奪う」という考えに基づいている。 前線からDFラインまで相手のボールホルダーにプレッシャーをかけながら、DFラインを激しく押し上げることで、 それまでの単にFWを置き去りにして笛の力でボールの保有権を勝ち取るのではなく、プレッシングを成功させる補助的な役割として利用されるようになった。

トータルフットボールではディフェンスよりも、むしろポジションチェンジに代表される先鋭的な攻撃スタイルの方に注目が集まったが、 プレッシングとラインコントロールを併用した守備戦術は、その後のサッカーに大きく影響を与えることになる。

■コンパクトサッカーの革命
トータルフットボールの登場は選手だけではなく、現場で指揮を執る監督たちにも多大な影響を与えた。 そしてその影響を強く受けた監督の中で最初に登場したのが、80年代後半にACミランで現代サッカーの先駆けとなる戦術を持ち込んだサッキ新監督だった。

異色の経歴を持つ彼だが、イタリアでは中盤にゾーンディフェンスを持ち込んだ最初の監督として知られている。 4-4-2システムを用いてFWからDFラインまですべてのポジションでゾーンディフェンスのマーキングの方法論を持ち込み、 更にすべての選手が前後30mのエリアに均等にポジションを取ることで中盤からの組織的なプレッシングとラインディフェンスを完成させた。

そのサッカーを実践するにあたり、サッキはディフェンスラインの組織化に大きな労力を割いた。
ボールの動きやボールホルダーに対するプレスの効きの状態によって、ディフェンスラインの動きを事細かに規定し、 それまでの単なるラインの押し上げとは一味も二味も違う組織立った上下動などを持ち込んだ。 だが非常に完成度の高いそのDFラインも、前方のスペース(バイタルエリア)のカバーが どうしてもおろそかになることまでは解消しきれなかった。

その後、サッキの戦術を踏襲する監督たちが現れるも、それらのほとんどが目立つ結果を残せなかったため、 21世紀に入るまでは、このサッキの方法論は「古臭い戦術」という見方がイタリアでは大勢を占めていた。 それが今でも十二分に通用するものであることはデルネリ率いるキエーボがセリエAで証明して見せている。

■3バックというアンチテーゼ
ここまで書いたことは、すべてディフェンスシステムが4バックであった場合の話だ。 これが3バックとなると話は大きく違ってくる。

3バックでのディフェンスに触れる前に、それが誕生した経緯に触れる必要がある。 3バックが生まれたのは4‐4‐2などの4バックシステム全盛時代に既に入ってからで、当初3バックは4バックに対するアンチテーゼとして生み出されたものだった。

その論理構造はこうだ。
「相手のFWは2トップなのだから、守備に4人も割くのは無駄だ。だから相手FW2人に対し2人のマーカーと、それらのカバーリングを行う1人がいれば十分だ。」

これは4バックがゾーンディフェンスによる守備を基本としているのとは対照的に、完全にマンマークを基本とした考え方である。 例えば86年ワールドカップでは参加国のうちのほとんどが3−5−2システムを採用しているのである。

■3バックとマンマークの関係
相手が2トップであれば、3バックの真ん中の"リベロ"が常に余る形になる。 自陣の最も奥深くでカバーリングを専門に行うこのポジションは、守備の第一の対応を両サイドのCBに譲っているために、 裏を返せば相手のマークを一番受けにくく、代わりに最後方からチーム全体を眺めて戦況を把握するのに最も適したポジションであると言える。 この"攻撃時に唯一マークの付かないポジション"を、今度は攻撃的に利用したのがドイツのリベロシステムである。

リベロの歴史は古い。
もとをたどれば1925年まで続いた「3人制オフサイド」やイタリアのカテナチオ戦術にまでさかのぼることが出来る。 そしてドイツでは80年代にマンマークの4バックを使って、3人のストッパーと1人のカバーリングという形で既にリベロシステムを確立させていたが、 90年代には3バックを用いてそれをより洗練させた。

自陣の深いポジションからゲーム展開を読んだ攻め上がりは、リベロにつく選手に攻撃力と判断力がなければ成功しない。 ある意味では特定の選手のために用意されたポジションであるのだが、 ドイツはベッケンバウアーやマテウスなどその資質を備えた優秀な選手を輩出していったことでそれを成り立たせていた。

現代でも一般的な3バックの方法論はこれと大きく違わない。
違うとすれば、リスキーで高度なリベロの攻め上がりが今ではほどんど見られなくなり、 その代わりにかつて相手のエースのつぶし屋として粗雑なプレーをしていたボランチ達が、 テクニックを身に付け、ゲームを組み立てるようになったことだろう。 これにより後方から攻撃の組み立てを行うことが随分とセーフティーになった。

メノッティは現代のマンマーク像についてこう述べている。

―――この方法のメリットは常に相手選手をマークすることが出来、フリーの選手を発生させないことだ。 しかし、それは反面どこかの1対1の局面で突破されるとカバーリングがいないことを意味し、非常に高い対人能力が要求される。 また、相手の動きについていく受動的なディフェンスなので、オフザボールのときも激しく動くようになった現代サッカーでは、 (局面に応じて早めにマークにつくという対応はあるが)ゾーンの意識が全く無い完全なマン・ツーマンはほとんど見られなくなっている。―――

かつてのマンマークの方法論では、現代の激しいオフザボールの動きの中では相手を捕まえる有効な方法とはなりえないことを彼は言っている。 相手FWに対しては、少なくとも自陣ペナリュティーエリア近くまではゾーンディフェンスで待ち構える必要がある。 ドイツのマンマークを主体とした3バックは、その1対1の絶対的な強さを前提にしながらも、形を変えて現在の代表にも脈々と受け継がれている。

■3バックによるゾーンディフェンス
リベロに代表されるマンマーク主体の守備戦術である3バックにゾーンディフェンスの方法論を持ち込んだのは、 クライフが率いた90年代のバルセロナによるトータルフットボールやイタリアはザッケローニやスカラなどの監督達だ。

3バックによるゾーンディフェンスは主に攻撃的に使われることが多い。 バルセロナで行われた3−4−3システムを主体とした新たなトータルフットボールでは、 特に攻撃時に3バックが両サイドに大きく展開することで、通常サイドバックが行う攻撃の基点としての役割をサイド側のCBに行わせ、 また中央にはリベロとしてクーマンを据えるという超攻撃的な3バックを実践した。

だがこのDFラインはチームがポゼッション状態であることを大前提にしており、サイド攻撃とカウンターに脆い点を露呈している。 そしてこの時代からリベロが後に構える形が消え始め、フォアリベロと言われる3人が通常時にはフラットに並ぶゾーン的な守り方が主流となる。

1つ面白い話があるとすれば、イタリアではマンツーマンディフェンスを取る監督を守備的、 ゾーンディフェンスを行う監督を攻撃的、あるいはバランス型と捕らえるらしい。 つまりこれはゾーンディフェンスが攻撃的な側面を有していることを示している。

■4バックによるゾーンディフェンスの完成
90年代も半ばを過ぎると4バックによる守備戦術にも変化が訪れる。

中盤のプレッシングを前提としたライン形成に重きを置く、いわゆる"ラインの純度の高いDFライン"というのは影を潜め、 その代わりにフラットである状態のメリットを効率的に導入した新しいタイプのゾーンディフェンスが生み出された。 現在、単に「4バックでゾーンディフェンス」と言えばこのディフェンス方法のことを指す。

「フラットなディフェンスライン」を議論する中でしばしば混同されるのがこの部分だ。 フラットなDFラインを語るときに"ラインの純度"は重要なポイントとなる。

かつて「フラットバック4」とも言われたこの守備戦術は、一見それまでのラインディフェンスと何ら変わらないように見えるが、 対応の方針がそれまでと大きく異なる。 その違いの具体的な部分は後述することにするが、通常時にはラインをフラットに保っているが、 例えばバイタルエリアに相手が進入したときには、一人がそのチェックに行き、残りの3人がディフェンスラインをそろえつつ、そのカバーに回ったりと それまでの純度の高いラインディフェンスとは対人の対応がよりストレートになっている。

これはラインディフェンスにおけるバイタルエリアの処理の問題を解消できる上に、 基本的にはラインをフラットに保っているので、ラインの裏のエリアを消すことも出来ている。 だが、対人対応に労力を割く分だけラインコントロールの自由度は下がり、オフサイド自体は取り辛くなった。 しかも逆にオフサイドを利用しないで跳ね返すシーンが増加し、チェッキングを含めた4人のDF全員の身体的な対人能力が非常に求められるようになっている。 このことは先のワールドカップで見られた180cmを超えるようなSBの増加などに見られるように、DFの大型化の原因の一端である事は間違いない。

■"フラットな3バック"という異端
これまで見てきたように、4バックはゾーンを埋める効率という点で非常に優れているため、最もポピュラーな守備戦術となり、 現在に至るまで様々な試行錯誤が試みられている。 その一方で、3バックは機能面での難易度の高さからそのような試みが十分為されているとは言いがたい。 例えば3バックによるラインディフェンスの試行はほとんど試されたことがないのだ。

だがこれは我々日本人には非常に馴染み深い戦術である。
日本代表にトルシエ前監督が導入したディフェンスシステムこそ、まさに世界中の誰も答えを見つけていないディフェンス方法である "3バックによるラインの純度の高いゾーンディフェンス(ラインディフェンス)"であったからだ。

今更言うまでもないが、メリットとデメリットがかなりはっきり出たシステムではあった。 しかも当初、トルシエはダニッシュダイナマイトのコンセプトまで持ち込んでおり、彼がやろうとしたことは冒険的過ぎるほど先鋭的であったと言ってもいい。 徐々に戦術自体が変質していき、最後のワールドカップではラインの純度も低くなったゾーンディフェンス的なDFラインになっていたが、その試み自体はスリリングで大変面白いものだった。

"3バックによるハイラインの守備"がトルシエのオリジナルかどうかはわからないが、彼1人だけがそれを試みているわけではない。 フランスマルセイユのペランなど一部の監督がしかも限定的に採用していることは知られているが、それでも世界中探しても数えるほどしか行われていないだろう。

4バック全盛の時代にも関わらずワールドカップでの上位進出国が軒並み3バックを採用していたことも合わせて、この分野はまだ戦術的な可能性を秘めている。

■現代のディフェンス戦術の分類
大雑把だが、ディフェンス戦術の歴史を振り返ると以上のようになる。

現代のディフェンス戦術について見ていく前に、まずは煩雑な語句の整理から行うことにする。
ここで定義する言葉は正式に通用するものではないかもしれないが、これから戦術の詳細を語る上で注釈を減らすためにも必要なものだ。

■3バックについて
まず3バックのディフェンスについて。
既に述べたように、リベロシステムを発祥としながらも基本的に現代の3バックのマーキングはゾーンディフェンスだ。 ディフェンスエリアの中央を3人のゾーンで分割し、侵入してきた最初の相手を捕まえる。 このときチーム全体がシフトすることはあっても、サイドスペースまで後方のエリア全体をカバーすることはない。

チームによって対応が変わるのは主にここからで、大別すると2つの方法が取られている。 1つがゾーンで相手を捕まえた後にもゾーンに従いマークを受け渡す方法、もう1つは一度捕まえたらマークを受け渡さない方法だ。

前者のディフェンス方法であれば、現代の広いエリアで常時様々なポジションを取るFWに対して効率的にマーキングが出来る。 楽が出来る反面、一方で受け渡しの際にマークのズレを生じたり、ゾーンの間に飛び込んできた相手に弱く、ある程度リスクを伴う。 これは3バックというよりはむしろ4バックのゾーンディフェンスの方法論に似ており、通常3バックでゾーンディフェンスならばこちらを指す。

それに対して、後者はゾーンの網にかかったFWをマーキング後でも相手に振り切られないだけの対人能力を有している必要がある。 そういったCBが2人おり、かつその間でカバーリングとバランス感覚に優れる選手がいればマークが少々ズレただけではやられにくいという利点がある。

だが現代のFWのようにピッチ上を動き回られると、DF同士のポジションのバランスを保つのが難しく、加えてスタミナと走力が要求される。 ラインも相手FWに合わせる分だけ、どうしても深めになるのでチーム戦術全体に対する影響も大きい。 それらの理由から今ではこういったマーキングは徐々にされなくなってきている。 これは伝統的な3バックのリベロシステムをそのまま継承した方法で、前述のメノッティの発言にも見られるマンマーク的なゾーンディフェンスと言うことが出来る。

例えば、2002年ワールドカップでは本来リベロシステムの影響を強く受けているはずのドイツが、前者の方法論も持ち込むようになり、 対してオランダ人のヒディングが率いる韓国が、フィジカルトレーニングの成果を生かして、その無尽蔵なスタミナから後者の方法を用いていたのが非常に興味深かった。 ちなみにJリーグのジュビロ磐田の3バックでは前者の方法論が用いられている。

3バックによるラインディフェンスは前述のように世界中を捜しても全くと言っていいほど使われていないため、未開拓な分野だ。
ここで注意しなければならないのは、日本ではラインがそろっていれば何でも"ラインディフェンス"と言ってしまう点だ。 各メディアの伝え方の問題が大きいが、これでは前述の"純度の高いラインディフェンス"と混同されてしまっている。

トルシエは既存の"フラット4"に対して、"フラット3"という言葉を使ってその違いを示そうとした形跡がある。 ここでもそれにのっとり、ラインの形成に特化したオフサイドを積極的に取れるゾーンディフェンスを『フラットライン3(4)』ということにする。

■4バックについて
既に述べたように、現在"4バックのゾーンディフェンス"といえばラインの純度の低い"フラットバック4"と言われるゾーンディフェンスのことを指す。 そのポピュラリティーは、欧州ではゾーンディフェンスと言えば即、フラットバック4のことを指すことからもわかる。 昔はさほど明確ではなかった4バックの分割エリアもこれの登場以来、より厳密に規定されるようになってきている。

例えばサイドからのセンタリングに対する対応では、図のようにボールサイド側のSBを除く残りの3人がラインをフラットに保ったまま、 逆サイドのペナルティーエリアまでの地域を分割している。 ゾーンの分担の関係上、現在はCBだけがこういったセンタリングを処理するということはなくなった。

4バックにおいてSBはシステム上、ファーサイドの裏を平面的にカバーするのが本来の仕事であるのだが、 これらの影響もありファーサイドへのセンタリングは逆サイド側のSBが跳ね返すのがもはや一般的になっている。 これに対応するようにSBの大型化が進んでおり、欧州のチームではDFにSBを置かずにCBを4人並べるチームが多く見られるようになってきている。

それに対して、ラインの純度の高い4バックのラインディフェンス、ここで言う「フラット4」は今や絶滅状態にあると言っていい。 唯一の例外がセリエAのキエーボだが、まず監督が優秀で相当組織力が高くないと機能しない上に、戦術自体がセーフティーファーストなものではないので、 選手や監督の入れ替わりが激しく、また選手の個性、フロントの体質などもありビッククラブ向きではないというのがあまりメジャーにならない理由だ。 これもフラット3同様、裏を突かれたときの脆さがあり、キエーボは得点シーンも失点シーンもひどくあっさりとしている。 この種のフラットラインでは実は守備時の対応が3バックや4バックによらずかなりの部分で共通している。

だが、本来4バックのゾーンディフェンスの長所である「効率的に守備エリアを埋める」という役割を考えた場合、 旧来のようなフラットでない4バックもそれなりに有効であるはずだ。 例えばスペインリーグで多く見られるような サイド攻撃とショートパスを得意とするチームではDFをフラットにはせず、 SBが少し上がり目に構えるようなディフェンスをするところがほとんどだ。 これも選手達の高いカバーリングの意識に裏付けられたディフェンスならではのものだ。

■現代のマンマーク
既に廃れてしまったとはいえ、現代のチームにマンマークを採用するチームがないわけでもない。

世界中におそらくただ1つしかないであろうが、若手育成で有名なフランスのオーゼールが選手の育成を目的とした4−3−3のマンマークディフェンスを行っている。 これは育成専門のクラブならではで、確かにマンマークディフェンスでは試合に勝つ確率は低くなるだろうが、 現代サッカーの中で厳しいマンマークがこなせるならば、その選手がどのこチームに行っても様々なポジションをこなすことが可能だろう。

だが、やはり現代のサッカーでは有り得ないやり方ではある。

■まとめ
これら現代サッカーにおけるディフェンス戦術を若干ステレオタイプに分類するとこのようになる。

現代のディフェンスシステム3バック4バック
ゾーン型マンマーク(カバー重視)リベロシステムノーフラット型
ゾーンディフェンス(ゾーン重視)フラットバック3フラットバック4
ラインディフェンス(ライン重視)フラットライン3フラットライン4

もちろんこれがすべてを網羅しているとは言わないが、大別するとこのようになる。

■ディフェンスタイプで異なるバイタルエリアの処理

フラットバックとフラットラインではディフェンス時の対応に大きな違いがあることは既に述べた。 具体的にはバイタルエリアと言われるディフェンスライン前方の危険な地域に相手が侵入してきた際の対応などから、 これらディフェンスタイプの本質が見え隠れする。

まずは「フラットバック4」でのバイタルエリアの処理について。
この場合では図のようにボールホルダーに近いものが相手の第一の対応に向かい(=ここではチェッキングとする)、 残りの3人がサイドステップしながらフラットなラインを保つことでライン自体がカバーリングする、という対応を行う。

例えばデルネリはインタビューで"チェッキング"に関して次のように述べている。

―――「ディフェンスライン全体が下がるわけじゃないんだ。ラインの一部が当たりに行って、残りの一部が下がる。全体が下がるのとは違う。 相手のプレーが同じでも、4人全員がラインを上げるか、それとも一部が当たりに行って残りは下がるかは、ボールの位置、ゴールからの距離によって対応が変わってくる。 というのも、ゴールから遠い位置からのロングパス、スローなボールは、相手の攻撃に奥行きを与える可能性が高いから。 この場合には、ラインを上げずに一部が下がって対応する。このやり方を採用して、ディフェンスがより安定した。 (今シーズンは)ディフェンスの高さが増したことも大きい。ディフェンスに関して、フィジカル的なパワーが高まった。」―――

肉体的な要素はDFがチェッキングを行う際、相手の"縦のベクトル"を受け流すのに必要不可欠なものなのだ。
またラインを保ち、ライン自体にカバーリングの役目を負わせる理由についてこう言っている。

―――「テーラモ(かつてデルネリが監督を務めたクラブ)にいた時から今と同じサッカーをしていたわけじゃないからね。 当時はディフェンスで"ディアゴナーレ"(ダイアゴナル=対角線、斜めのポジショニング)を用いていたけれど、今はもう使われていない。 今使っているのは"コペルトゥーラ"(カバーリング=ラインによるカバー)だ。これは似ているけれど異なる概念だよ。 "ディアゴナーレ"を使うと、相手のFWに縦のスペースを多く与えてしまうことになる。ディフェンスの考え方としては大間違いだったんだ。 ラインとして動き、カバーリングを行う。その方がFWが使える奥行きが少なくなるからね。敵とラインとゴールの間の距離の問題だよ。 要するに、私の戦術も変わってき、改善してきたということだ。」―――



このインタビューでデルネリが述べているのは、ごく一般的な「フラットバック4」におけるチェッキングの方法論である。
1つ気になることがあるとすれば、キエーボは1年目も2年目もそのやり方は変えてないと言っているのだが、これは正確ではない。 昨年までのキエーボであれば、ディフェンスラインの方法論は間違いなくサッキミランのそれと同様の「フラットライン4」であった。 チェッキングの意識は薄く、また仮にやったとしてもうまくはいかなかったであろう。 その反面、ライン全体を上げる意識は非常に高かったと言える。

だが、02−03シーズンにはCBなどを補強し、DFライン全体のフィジカル要素が増したことで、より安全確実なフラットバック4の方法論をDFラインに積極的に取り入れることに成功している。 インタビューの中でデルネリが「オフサイドを取る回数が今シーズンは減ったのでは?」との質問に対して、 「相手が戦い方を変えただけだよ」と言っているが、本当はこのチェッキングに関するフィジカル要素と大きく関係していると思われる。 とはいえ、相変わらずラインの統率は見事であるし、多少数は減ったものの未だ多くのオフサイドを取っている。 だが一方でこのことは、フラットバック4とフラットライン4の方法論は共存できる可能性があることを示している。

フラットライン3におけるチェッキングに関して言えば、 日本の技術委員会の田島氏はワールドカップ後に行われた フットボールカンファレンスの講演で バイタルエリアの処理に関して興味深い発言をしている。 彼はその中で「ストッピングという言い方でトルシエが呼んでいた」とチェッキングについて説明している。

私はこの説明に最初は違和感を覚えた。
これがフラットバック4ならば一般的なチェッキングの説明として成立するだろうが、トルシエのそれはフラットライン、しかも3バックである。 つまり純度の高いフラットラインにおいて、チェッキング(ストッピング)の方法論は持ち込まれていない。いや、持ち込めるはずがないのだ。

その原因は主にフラットバックとフラットラインで中盤とラインの距離のとり方が全く違うためだ。


左がフラットバックディフェンス時におけるラインのコントロール、右がフラットバックディフェンス時のラインコントロールの例だ。 フラットバックディフェンスでは「中盤との距離」にプライオリティーがおかれており、中盤に広がるゾーンエリアとディフェンスラインがある程度密着している必要がある。 中盤との距離が離れすぎず、また近すぎもしないので、相手がバイタルエリアに侵入しようとしたときの対応が、中盤のプレスを始めとしたチーム全体の守備の流れの中で行えるのである。

これに対してフラットラインディフェンスでは「ボールとの距離」で厳密にその高さを決めており、 まさしく「ボールオリエンテッドなディフェンスライン」になっている。

このようなラインコントロールのプライオリティーの違いから、フラットラインディフェンスでは中盤が激しくプレスを仕掛けていくことで DFラインがMFとの距離を図りにくい状況を生み出されてしまうことがある。 例えばボールの動きに合わせてラインを高くしすぎるとボランチがラインに吸収されてしまったり、 MFが前方に圧力をかけ過ぎてバイタルエリアがぽっかりと開いてしまうといったことが起こりやすい。

この違いはDFラインの対人対応にも大きく影響し、例えばフラットバックのように中盤との守備が一連の動きの中で連動していないために、 バイタルエリアに飛び込んだ相手は既に攻撃の予備動作を終えており、スピードも体勢十分な相手に対してのチェッキングが有効とはならない。 逆に言えばフラットバックの場合、中盤のプレスの延長線上でチェッキングを仕掛けることが出来る。 フラットバックが中盤との距離に重点を置いているのはそのためだ。

トルシエ時代の日本代表の場合、「ON」の状態でバイタルエリアを突かれた場合、 ディフェンスラインはチェッキングの代わりに"果敢なディレイ"によってMFの戻りを待つ、というのが基本形になっていた。 意外なことにトルシエ体勢下での日本代表がバイタルエリアを突かれてディレイしてからの失点はほとんど無い。 つまり今にもやられそうなディレイの連続も、実際にはそれなりに成功していた対応の方法だと言える。

このことを前提とすると、フットボールカンファレンスで述べられている「"ストッピング"を指導していた」とする根拠がやはり薄い。
なぜなら最初の2年間ではそういったチェッキングに類似する対応がほとんど見られないからだ。

ここからは想像の話となるが、この考えはトルシエ政権後期に導入されたものだと思われる。
ちょうど戸田がボランチとしてレギュラーを取ったころの話だ。
戸田の加入はかなりチームの戦術に大きな影響を与えていたのは、既知の事実だ。
戸田はDFラインの前でアンカー的な守備の役割を負っていたことから、プレスの位置は低くなった上に、攻撃のバリエーションもそれまでよりも減少はした。 だがチーム全体がDFラインと中盤の距離に今までよりも注意を払うようになると、今までどうしても埋め切れなかったバイタルエリアを作りだしにくくなったのは確かだ。 そして宮本や森岡といった3バック中央のラインコントローラーがチェッキングを見せ始めるようになるのもイタリアと戦う少し前あたりで時期が重なる。

つまりあくまで結果論だが、トルシエのフラットライン3はフラットバック3的な変化をし始めていたと考えることが出来る。

ここで問題になるのがフラットバック3でバイタルエリアを突かれた場合、「誰がチェッキングに行くのか?」と言うことだ。
これがフラットバック4なら簡単でボールサイドに近いDFが自分の後方の縦をカットすれば問題ない。だが3バックの場合はどうだろう?

例えばこれがもし通常の3バックのストッパーととリベロの関係に則り、右サイド側の松田がチェッキングに行ってしまうと、DFラインのちょうど半分がぽっかりとフリースペースになってしまうのだ。 中盤のカバーリングはこの状況ではおそらく期待できないだろう。
だからその対応にあたるのは3バックの中で最もフィジカルが弱いとされてきた宮本と森岡が行かざるを得なくなってしまう。 そのカバーリングは残りの2人がラインを保ちつつ、中央から相手を押し出すようにカバーリングを行う。

だがこのことは先のチェッキングの原則である「フィジカルを生かした縦のベクトルを受け流す」という必要条件を満たさない。 実際に宮本や森岡が競りに言ったときにいい対応が出来ているとは言い難く、しかもその対応を一人で行っていたので当然チェッキングの頻度自体もかなり多いものだった。 本来カバーリングとラインコントロールに重点を置かれた選手達が急にストッパーに変身した上に、肝心のDFラインから離れる時間がどんどんと多くなってしまう、というのは実は問題が多い。

最終的にワールドカップではラインコントロールよりも若干ながらフィジカルに優れる森岡が中央のCBを担当したが、 その後の宮本が率いたロシア戦で彼が素晴らしい守備を見せたのは何とも皮肉なことであった。 とはいえ、その守備自体もロシアがショートパスのみで全くロングボールを使わずにフィジカル差がさほど影響しないものであったと言うのが真実であろう。

一般的に純正のフラットラインではチェッキングへの障害が多い。
ただ1つ例外があるとすれば、上記のようなサッキミラン時代のバレージのチェッキングが挙げられるが、 本来極めて困難なバイタルエリアの仕掛けのタイミングをイタリア代表の要である天才バレージが、その圧倒的守備センスで行った以外には例が無い。 戦術の鬼であるサッキが非常時のバイタルエリアの処理をく「ミランの戦術の劣等生」と言っていたバレージの感性に一任したことにその難しさが象徴されている。

■ディフェンスライン戦術の発展の可能性
ディフェンスラインは時代と共に、その時々のサッカーに合わせる形で発展してきた。
現代ではオフサイドルールの様々な緩和処置で攻撃側に有利な条件をそろえ、出来るだけ得点を増やそうという傾向が見られる。 だが、それに協調するようにディフェンス戦術も極めて高度な発展を遂げていると言える。

傾向としてDFのパワー、スピード、戦術理解度などがますます求められているように感じる。
例えばかつての4バックでのDFと言えば、「高さとパワーはあってもスピードの無いCB」や 「スピードとカバーリングには優れるもののパワーの無いSB」などはざらだった。

だが、現代では相手の攻撃の圧力に対して、崩れそうになるフラットなラインを保つだけのフィジカル要素が求められるようになっているため、そのような能力差による役割分担をDFラインの中では行いにくくなっている。 そして今ではSBには相手の長身FWにも簡単に競り負けないだけの高さとパワーが必要になり、 CBにはFWと互角以上のスピードと1対1での強さが要求されるようになっている。
今後もこういったFWを上回るほどのフィジカルを備えた超人的なDFが台頭してくることだろう。

そしてフラットラインのディフェンスに関する可能性。
トルシエが日本代表をサンプルに様々な実験と確認を行い、ついに完成を見ることはなかったフラットライン3の戦術が、 今後高度に発展する可能性を持ち得るのだろうか?

純粋なフラットラインのコンセプトだけでは、4バックだろうが3バックだろうが驚きは与えられても、おそらく革命を起こすことは難しいだろう。 フラットバック4を見ても分かるように現代的な組織守備の戦術からフィジカル的な要素を排除することは不可能だ。 唯一可能性を見出せるとすれば、現在キエーボが行っているようなフラットラインとフラットバックの良い部分を合わせたようなディフェンスであろうが、 そこでもやはりフィジカル要素の割合はトルシエ時代のそれよりも増加していくのだ。
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