第6回 : 「”デシャン式”モナコのライン破り」

 現役時代のディディエ・デシャンはユベントスやフランス代表でボランチとして活躍した。チームではキャプテンを任され、選手としてありとあらゆるタイトルを獲得した彼だが、モナコで監督に就任してからまだ3シーズンとそのキャリアをスタートさせたばかり。既に名将の雰囲気を漂わせていることもさることながら、何より彼の指揮するモナコの躍進ぶりは記憶に新しいところで、今年は惜しくも敗退してしまったが、昨年はチャンピオンズリーグを準優勝するなど、その手腕は高い評価を受けている。

 現代サッカーへと直結しているサッキミランの革命以降の年代、つまり1990年代を第一線で戦ってきたデシャンやライカールらの監督は、現代戦術の有用性と限界を選手として肌で感じてきた最初の世代といえる。そうした背景を持つ監督が特別な存在であり、実際彼らに率いられたチームは戦術的に興味深い要素をいくつも持っていることに気がついたのはごく最近のことだ。

 今回は、デシャンの率いるモナコのチーム戦術を通じて、彼らの選手時代の豊富な経験とアイディアが活かされた実践的なチーム作りの手法を探っていくことにする。

■現代サッカーの戦術には”盲点”がある
 サッカーの戦術には様々なレベルがあるが、どのレベルにおいても共通していえるのは、それらが主に2つの側面から成り立っている点だ。1つは理論的な、もう1つは実践的な側面によってだ。今回紹介するモナコの戦術は、特に後者と深い関わりがある。

 デシャン監督率いるモナコの攻撃戦術で最も特徴的なのは、相手チームのDFラインの裏を突くのに用いられている手法だ。現代サッカーのDFラインは、クラブレベルを中心とした研究と実証の積み重ねにより、理論面ではほぼ整理しつくされており、それをどのような形で実践しまた運用するかもチームや監督によって多少の差異こそあれ、同様に細かくマニュアルによって定められている。その代表的な例といえるのが"ON"と"OFF"によるDFラインの上下動の規定だろう。

 まずはボール保持者が自由に前を向ける状態を"ON"、逆に向けない状態を"OFF"と定義した上で、それぞれの状況に対してのDFラインの動きを予め決めておく。例えば"ON"ならば相手FWに対して3mの後方までDFラインを下げてゴール前を固める、あるいは"OFF"ならばそこからDFの裏を狙われることはないのでラインを大胆に押し上げるというのがそれだ。

 しかし、こうしたDFラインの動きはあくまで理論上成り立っている話に過ぎない。実際の試合には"ON"とも"OFF"ともつかない状況というのが、非常に頻繁に生み出されている。"ON"でも"OFF"でもないならば、DFラインは次の瞬間に備えるために待機状態になっている。実際に多くのチームでそのような対応がとられているし、それで正解なのだが、デシャンはそうしてマニュアル化された現代のDFライン運用の盲点を計画的に、かつ大胆に突いてきた。

■フラットバックの凹凸を狙う、楔の裏のスペースを破る

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ04-05 モナコ vs リバプール』より)

 上の図はCLのリバプール戦で見られた、モナコの典型的なDFラインの破り方を示したものだ。
 DFラインの中で楔のボールを受けたノンダは、後ろ向きのままでサポートに入ってきたサビオラにボールを落とす。ボールを落としたノンダは、サビオラやDFの動きを一切見ずに、つまり周辺の状況に合わせるような判断をせずにパス&ゴーで裏に走り抜ける。サビオラが再びダイレクトでDFラインの裏に出したパスをノンダが受け、これをシュートまで持ち込んでいる。このプレーのポイントは、状況と無関係にそれぞれの選手が極めて規定的なプレーをしている点にある。仮に、サビオラが判断の時間を稼ぐために”ボールを受けてから"ノンダの動きを追ってボールを出せば、おそらくノンダはオフサイドになってしまう。

 モナコではこうした裏を狙うプレーをする場合には、あえて状況判断を必要としない手法をとる。つまりラインの裏に走り込みこと、そこにパスを送り込むこと、それら全てをダイレクトで切れ目なく行なうことが、あらかじめ定められているのだ。だから味方や相手の状況を判断しなく済むのだが、これが成り立つのも実は相手のDFラインの動きがマニュアル化されているためでもある。いってみればモナコのライン破りは、”マニュアルを破るためのマニュアル”だともいえる。


(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ04-05 モナコ vs リバプール』より)

 こうしたモナコの戦術を見ていると、楔に入った選手から”ダイレクトパス”と”パス&ゴー”を利用すると、フラットバックのディフェンスを比較的容易に崩すことが出来るということがわかってくる。上の図は同じくリバプール戦からだが、さきほどのノンダのように楔に入った選手とのダイレクトなパス&ゴーで簡単に相手の裏を突くことができている。フラットバック特有の、ラインから飛び出すDFが生み出す背後のわずかなスペースに、ダイレクトプレーを交えたパス交換だけで極めて論理的に、かつ効率的にDFラインを破っていく。


(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ04-05 モナコ vs リバプール』より)

(『ESPN:フランスリーグ04-05 モナコ vs ボルドー』より)(『ESPN:フランスリーグ04-05 モナコ vs オゼール』より)

 パス&ゴーから更に発展して、またしても楔を受けるパターンからディフェンスラインをよりダイナミックに破っていくこともある。
 左上の図はサビオラが楔に入って、その落としのパスを受けられる位置にチェバントンが入っていく間に、アデバイヨールがDFラインの裏を狙っていわゆる”第3の動き”で、まんまと相手の裏をとる場面だ。やはりこれも同じように楔のパスを早めに入れることでDFラインを一端固定し、そこから落としのパスまでダイレクトで素早くつないでいくことで、裏に抜ける選手とタイミングを合わせて抜け出そうという明確な意図をもったプレーだ。

 注目すべきは、最後に走り込むプレーヤーは楔を入れようとする第1の選手の動作を見て、既に最終的な絵を描いて動作を開始している点だ。いってみればこれは第3の動きを越えた”第4の動き”ともいえる。ある意味ではモナコのこういったライン破りのパターンは、楔のパスによってプログラムされたプレーのスイッチを入れているような部分がある。だから試合を見ている限り、選手達がそのプログラムを忠実に守ろうとするあまり、無理なタイミングや体勢からパスを出したり、走り込んだりする場面もかなり目立つ。それだけ日ごろから練習されたプレーであるという言い方も出来るだろうが。

■”ON”と”OFF”の間、DFラインがフリーズした瞬間を破る

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ04-05 モナコ vs オリンピアコス』より)

 上の図はCLのオリンピアコス戦より、より大局的な状況からのライン破りを示したものだ。
 ここでは相手DFラインのかなり前方でボールを後ろ向きに受けたチェバントンが、走り込むもう1人のFWアデバイヨールを目の端で確認したと同時に、やはり周辺の状況を一切判断せずに、半身の状態から相手DFラインの裏にボールを放り込んでいる。"ON"でも"OFF"でもない状況を作り出した上で、相手DFラインのフリーズされた状態を想定し、そこからコンマ数秒後には裏に走り抜けるであろう味方の動きを逆算した上で、DFラインの裏にパスを出すというものだ。このプレーは予め味方の動きを知っていなければ同じようにパスを放り込んでもこういった効果は生まれない。ああいった体制からDFラインの裏めがけてボールを放り込むこと自体、通常ではありえないことだからだ。

 実は、こうしたモナコの特徴的な戦術は今年に入ってから始められたものではなく、昨年から既に行なわれていた。組織的な守備と美しいDFラインコントロールで知られるデポルティーボ・ラコルーニャから8点を奪った昨年のCLの試合でもこの"ライン破り"の動きが頻繁に見られていた。


(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 モナコ vs デポルティーボ』より)

 上の図はその中から2つほど得点シーンをピックアップしたものだが、ここでもやはり”ON”でも”OFF”でもない瞬間を狙ってDFラインの裏に走り込む選手と、ダイレクトでボールを放り込むシーンが何度も見られる。あまりにもあっさりと得点をする様子を見て、テレビの解説をした後藤氏は「もしこれを狙ってやっていたとしたら、デシャンは天才ですよ」といっていたのが印象的だった。当時としては、「まさかそんなことはないだろう」と思っていたが、しかし蓋を開けて見ればモナコはCLで準優勝し、前線のメンバーが全員変わった今年のモナコを見ても、DFライン周辺での戦略的な意図に何ら変わりはなかった。つまりデシャンは天才だったということだ。

■個を活かすアイソレーションのサッカー
 モナコはデシャンのサッカーに対する考え方がよく反映されているチームだといえる。
 これまでのモナコの試合を見ていれば、デシャンは守備よりも非常に攻撃を重視するタイプの監督だということがわかる。もちろん守備はそれなりに組織的なものだが、どんなチームも0点に抑えるような守備は決してしない。むしろ相手の裏を突いたり、試合中の自らの采配を駆使しながらゲーム全体での攻守のバランスをとっていくタイプだろう。

 もう1つ。これも特異な点だが、攻撃を重視する割には攻撃の際に数的優位を作ること自体には大きなプライオリティーをおいていないようなのだ。これは非常に矛盾しているように聞こえるかもしれないが、攻撃を重視するからといって攻撃に多くの人数をさくやり方は好かないようなのだ。比較するとわかりやすいが、例えばモナコが大勝したデポルティーボ・ラコルーニャは、日々の練習によって練りに練られたサイド攻撃とパスサッカーを主体とするチームで、相手が1人なら2人、2人なら3人、3人なら4人とパスをつなぎながら常に数的優位を作っていく正統派攻撃型チームなのだが、モナコは意外にもそういった展開を嫌う。

 これはおそらくデシャンが「強く影響を受けている」と語っているリッピ現イタリア代表監督の思想がある程度反映されているといって間違いないだろう。もちろんデシャン自身もイタリアで長く選手として活躍した経験から、少ない人数で如何に効率よく得点するかをかなり重視するようになっているのだろう。ここまでくればゴールは近い。彼のサッカーにイタリア的な攻撃に対する考え方が反映されているならば、デシャンのサッカーとは「11人対11人の90分で行なわれるサッカー」を「1人対1人や2対2の一瞬の局面」まで如何に分解するかに苦心するサッカーであるということに他ならない。守備のリスクをとって2対3の局面を作ることを嫌うならば、前線の選手の局面打開の能力を存分なく発揮させるために、11対11ではなく、2対2や1対1の局面を数多く作ってやるしかないからだ。


(『ESPN:フランスリーグ04-05 モナコ vs オゼール』より)

 例えばバスケットボールにはアイソレーションというプレーがある。5対5で行なわれるバスケットボールでは、チームに特に得点能力が高く1対1に非常に強い選手がいる場合、残りの4人がコートの片サイドやライン際まで各自のマークを引き連れながら後退することで、エースにゴールまでの花道を作ってやる。それがアイソレーションだ。

 モナコにはちょうどこれに類するプレーがあって、それが上の2つの例だ。どちらも同じようなシーンを示しており、前線のボールホルダーにボールが渡ったと同時にその裏をオーバーラップして行き、お互いのマーカーをスイッチさせることでボールに間合いが生じ、次の局面にスムーズに移行できるというものだ。これはボールを保持している選手がドリブルが得意であれば、中央に切り込んで攻撃をスムーズに加速させることが出来る。そのときのオーバーラップした選手の役割は、自らがボールを受けるために走りこむことではなく、そこにマークを引き連れて囮となくことで、局面に変化を生じさせることだ。

 ボールホルダーの状況をより有利にするこういったプレーは、特に前線にタレントを抱えるモナコには非常にマッチしたものだろう。
 攻撃戦術の基本である数的有利を作り出すことではなく、そういったリスクや労力を排除して臨界点の寸前の状況までボールと人を戦術的な力で動かし、あとは個人の能力とコンビネーションで勝負というデシャンの考え方はかなり興味深い。

■遂に出現したニュータイプ
 フラットバックという完成しきった現代のディフェンスラインを、ここまで明確な意図をもって崩してきたチームは、おそらくモナコが初めて。  選手時代から高度な戦術的な要素をもったサッカーを理解・実践し、同時にその限界を見続けてきたデシャンやライカールト、アンチェロッティーなどは、今までの旧世代の監督達の文法とは異なる一風変わったアイディアを持ち合わせている。特にモナコのライン破りは、戦術の運用面の盲点を突いてきたという点で、今後のサッカーの流れに大きな影響を与えていくだろう。

 デシャンやライカールトやアンチェロッティーなどが、既存の監督達よりもより強く個人と組織の融合をチーム作りのテーマにしているのは間違いない。レジスタやライン破りなど大胆な戦術をチームに取り入れる彼らはまさにニュータイプの監督であり、その出現はおそらく偶然ではない。理論面・運用面での盲点を突く彼らの発想の独創性は、選手時代の経験がよく活かされており、むしろ出現するべくして出現した監督たちだと確信に近い感覚を持っていえる。

 今後は、高度化した現代のサッカーを自ら実践したきた元選手たちにより、今までにないタイプのチームや戦術が生み出され、後のサッカー形を決定的に変えていくことになるだろう。

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