■采配評価
選手交代など試合中の監督の采配は見るものにとって最も解りやすい。したがって、試合に対する評論や監督に対する評価もそこに集中する。試合中の采配は確かに監督にとって重要な仕事の1つだ。それを監督の評価に含めることに何ら異論は無い。ただし、あくまでも数ある監督の仕事の1つに過ぎないことは考慮するべきだろう。
また、采配を評価することはとてつもなく難しい。外から見る分には、どうしても一次的な限られた情報しか手に入らないからだ。莫大な情報から判断を下している監督の采配を評価することは、このような状況にも自覚的であるべきだ。
しかし、日本の采配評価の現状を少し極端に言うと「劣勢の場面で選手交代によって劇的に流れが変わる」というようなマジックを「FWを数多く投入して得点を狙う」「守備的な選手を投入して守りきる」などの意図のはっきりわかる形で行われて始めて評価される。このようなステレオタイプの認識では、組織化された現代サッカーの采配は決して評価できない。
前置きが長くなったが、このような認識を踏まえて『トルシエ采配』を検証していきたい。
■トルシエ采配検証
「トルシエは采配がヘタだ」という声を良く聞く。この4年間を終わってのトルシエの采配評価は、おそらくあまり芳しくないものになるのであろう。しかし、本当にそうなのだろうか?確かに、結果が悪い方向に出たこともあったが、オリンピック予選のカザフスタン戦や今回のWcupグループリーグのようにマジックのような華麗な采配を見せたこともあったのではないだろうか。
私は、トルシエのサッカーに対する「分析力」「状況把握能力」「戦術的知識」などを非常に高く評価している。これらは、いずれも采配に不可欠な能力であるが、確かに采配自体が上手くいっているかは判断が分かれるところである。要するに「采配を行うために必要な能力は高いが、采配自体には出来不出来の波がある」ということだが、このことから導き出される論理的な答えは1つだ。「トルシエは他の監督に比べて難しい解答用紙に答えを書く必要がある」ということである。
では、何故トルシエ日本代表の選手交代は難しいのか、その理由を検証する。
■トルシエ采配とマルチポジション
結論から先に言えば、その主要因はトルシエ戦術のコンセプトの1つである『マルチポジション』のためだ。1人の選手が複数のポジションをこなすユーティリティー性は、トルシエだけでなく現代サッカーでも盛んに求められていることだが、マルチポジションのメリットは主に2つある。
1つ目は、相互補完する形でのバックアップが可能になることである。ビッククラブの厳しい日程やWcupのような長期トーナメントでは、怪我や出場停止など予想外のアクシデントでの戦力低下は免れない。しかし、ユーティリティープレイヤーが多数いれば、相互補完する形でのバックアップが可能になり、戦力低下を最低限で済ますことが出来る。
2つ目は、ポジションチェンジによる流動的なサッカーが可能になること。極端にスペースが少なくなった現代サッカーでは、ポジションチェンジなどを駆使したフリーランニングによるスペースの創造は必須だ。ただし、チェンジした後のポジションでも効果的に働くことが求められるので、そういう意味でもマルチポジションをこなす必要が出てくる。
このマルチポジションの2つの特性を利用すれば、選手交代による『マジック』が可能になる。具体的な例を1つあげる、オリンピック予選のカザフスタン戦だ。
先発メンバーのフォーメーションは、オーソドックスな3−4−1−2。以下にその変遷を記す。
平瀬 福田 平瀬 福田 平瀬 平瀬 高原
中田 → 中田 → 本山 中田 → 本山 中田
中村 明神 中村 酒井 中村 酒井 中村 酒井
稲本 遠藤 稲本 明神 稲本 明神 明神
遠藤→酒井 福田→本山 稲本→高原
この交代の全てにおいて交代選手と同じポジションにそのまま入ったケースはなく、1つの交代で複数のポジション移動を伴っている。
特に中田英にマンマーカーがついていた状況で中田をトップに上げ、マーカーを最終ラインに吸収させ相手の混乱を呼び、相手がその状況に対応し始めたころに2トップに戻すということをたった2つの交代(福田→本山、稲本→高原)でやってしまったことは、まさにマジックと言うほかない。
しかし、このようなマルチポジションを利用した交代は、当然同じポジションの選手をそのまま交代させるものよりも複雑になってくる。また、成功したときは華麗だが、大幅にチームを変えることになるので失敗する確率も高くなる。
トルシエの采配を評価するのならトルシエは『レヴェルの高い選手交代』を試みているということは頭にとどめておくべきだろう。