- 選手選びはむずかしい・・・【1】
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Atype:ブラジル,イングランド,スペイン
Btype:フランス,アルゼンチン,日本
いきなりこう言われて、この2つを分ける基準がわかるだろうか?
この傾向はナショナルチームにより強く表れる。また、Aはその国自体の伝統からくるものが大きく、Bはどちらかといえば監督の資質にもよる。ただし、フランスは、ナショナルトレセンという制度の影響が大きい。
これで大体の想像はついただろうか?
このAとBは、『選手選びの基準の違い』である。
もっと言えば、選手選考のプライオリティーをどこに置くかの違い、とも言える。
■トルシエとジーコの事情
一言でトルシエとジーコの選手選考の基準の違いを言うのなら、トルシエは『戦術理解度』、ジーコは『個人能力や調子』にプライオリティーが置かれるといえる。
トルシエを批判する記事に選考されなかった選手のコメントを交えて、「Jリーグで活躍している選手を呼ばないのはおかしい」「今本当に調子の良い選手を呼ぶべきだ」など書かれたものを見かけたことも多いと思う。
わかりやすく言うと、選手選考の最重要基準は『現在リーグで活躍している選手』であるべきであって、そうでない状況はおかしい、ということである。
結論から言えば、このような批判は的外れといわざるを得ない。
「リーグで活躍し、代表に選ばれるというプロセスこそが正当なものであり、それこそが最も強い代表に違いない」
「活躍しても選ばれないという状況が起これば選手のモチベーションを落とすことにつながる」
「何より、誰にでもはっきりわかる基準(この場合、リーグでの活躍というような)がない選考は『不公平』だ」
『リーグで活躍している選手を呼ぶべき』という主張は、言下にこのような意味を含んでいる。
上記の1つ1つは、一見正論のように聞こえるかもしれないが、論理的な矛盾点が2つある。
1つ目は、リーグ活躍している選手で構成される代表が最強チームのはずだ、という論理。
これは『クラブの戦術と代表の戦術のある程度の一致』という前提条件なしでは成り立たない。
2つ目は、代表チームの目的を履き違えていること。
代表チームの最重要事項は、選手のモチベーションを維持するためでも、『不公平』を無くすことでもない。結果を残すこと。・・・こう言いきってしまうことに多少抵抗があっても、少なくとも、このことが先の2つより優先順位が下がることは有り得ないだろう。
トルシエの場合、世界的に見ても特殊な戦術を採用したために、どうしても自分の戦術にあった選手を選び、ある程度固定して煮詰めていくという作業が必要であった。これらのことを考えると上記のような批判の無意味さがわかるだろう。
(その割にトルシエは、多くの選手を合宿に呼んだ。そのあたりがトルシエの本質をぼやけさせることにつながっているのかもしれない)
このようなトルシエの選手選考に異議を唱えていた人がセルジオ越後などを中心としたブラジル人であったことは興味深い。なぜなら、ブラジルでは、本当に「上手い選手を11人選ぶこと=最強チームを作ること」という図式が成り立つからである。
よくオールスターで1度も会ったことのないブラジル人同士が見事なコンビネーションを見せることがある。ブラジル人は、このような選手間の共通理解から来るコンビネーションをとることに抜群に長けている。よって、戦術もヨーロッパのようにトップダウン型のものではなく、個人間のコンビネーションを中心とした個人→グループ→チームという流れをとるボトムアップ型のものになる。
余談だが、今回のセレソンは、チーム作りのプロセスとしては個人→グループ、流れとしてはここまで止まりだった。その後のグループ→チームという流れは古典的な役割分担で強引にまとめたという印象が強い。それでも、W杯で優勝してしまうのだから、彼らの底力は推して知る由である。
共通理解を積み重ねてチームを作るブラジル人にしてみれば、チームを作ることは数人のコンビネーションを作ることの延長線上にあるのだ。
ブラジルの戦術を敢えて言葉にするなら、ブラジルということ自体が戦術というほかない。
ブラジルという共通の戦術の中で行われるリーグでの活躍が代表に結びつくことは、彼らにとって疑う必要すらない当たり前のことなのである。
日本代表の新監督はブラジル人のジーコである。彼がメディアを通して「調子の良い選手やJで活躍している選手を起用する」といっていることをご存知の人も多いだろう。ジーコは、マスコミでトルシエの采配批判などを繰り広げていたが、何から何まで自分の反対を行くトルシエの方法論はブラジル人のジーコにとって理解しがたかったことは想像に難しくない。普段から我慢に我慢を重ねたことがツイツイ顔を出してしまったのだろう(笑)
何にしても、ジーコの方法は選手の個人能力が試されるものである。日本選手の可能性を試す意味では、正反対の監督に率いられることも1つの手かもしれない。
(GAITI)