■プレッシングの類型とディフェンスラインの高さの関係に関する考察
〜アルゼンチン−日本戦分析を交えて〜

■変化したディフェンスラインの高さ
特に守備が不安定だったジャマイカ戦から如何に修正を加えてくるかが今回のアルゼンチン戦の焦点だったが、 ジーコ監督の身内の不幸により監督が帰国してしまったために、そのあたりが曖昧になってしまったことは仕方ないとは言え、いささか残念だ。 しかし、そんな中でも明確な修正点が1つあった。ディフェンスラインの高さが初戦に比べて目に見えて高くなっているのだ。

試合前にいくつかのメディアでも指摘されていたように、アルゼンチン戦前の課題としてディフェンスラインとボランチの間のスペースを小さくすることが日本首脳陣から上げられていた。 ジャマイカ戦では、ディフェンスラインの位置が低すぎたためにディフェンスラインと前線との間に広大なスペースが開いてしまい中盤の選手_特にボランチの運動量が著しく増加した。 加えて、ダブルボランチが小野・稲本という非常に攻撃的な組み合わせだったために、それが余計に穴を広げることにつながってしまった。

これを改善する方法は、ディフェンスラインを上げるか、ダブルボランチの組み合わせを守備的に変えるか、 単純にこの2つがまず考えられる。より正確に言えば、これら2つを両方ではなくどちらか1つ行えば良い。 ディフェンスラインを上げれば、中盤に必要となってくる役割がボランチというよりも、むしろイングランドサッカーのセンター(詳しくはコレを参照)に近いものになり、 例えば小野・稲本の組み合わせはむしろ適任と言ってもよいくらいである。 逆にボランチを今回の福西・中田浩のように両者ともCBも出来るくらいの守備能力のある組み合わせにすれば、 ディフェンスラインを上げる必要は実はそれほどない。 守備時に対人能力がある程度高い4バックとダブルボランチが残っていれば、 余程のことがない限り破られることはない。

しかし、今回のアルゼンチン戦において日本は弱点の改善を意識しすぎるがあまり、 この2つ両方を行ってしまった。これが新たな問題を生み出してしまう。


■プレッシングの諸類型
話は急に変わるが、私はプレッシングを便宜上「アタッキングプレス」と「網張り型プレス」の2種類に分けている。

アタッキングプレスとは、プレス&カバーを基本とした1対1のボール奪取を目的としたプレッシングで、 ボール奪取を目的としているので、ある種抜かれることを前提とした部分があり、 選手個人が継続的にカバーリングを続ける必要があることがその特徴である。(詳しくはコレを参照)

網張り型のプレスとは、文字通り2〜3人で囲い込むタイプのプレスで、 簡単に飛び込まないでパスコースを切るなど攻撃を遅らせることを主眼としたディフェンス_ディレイを継続的に続け、 例えばサイドなどある特定のポイントに選手を意識的に追い込み、 そこで囲い込んでボールを奪取する、あるいは相手ディフェンスにボールを戻させる、 というディフェンスの流れを言う。

ただし、あらかじめ断っておくが、これは1か0かといった極端なものではなく、 あくまでもどちらの『割合』が高いかということである。 便宜上、日本代表及びJリーグで採用されているのは後者の網張り型プレスとするが、 それもその割合が高いということに過ぎない。 しかし、日本サッカーは全体的に網張り型プレスの割合が高く、 これは他の国と比べても珍しい特徴といえる。 一時期、日本選手のプレスをアリバイプレスと揶揄された時期があったが、 それもこのことと無関係ではないのではないだろうか。

このプレスの諸類型は、ディフェンスラインの高さとも係わってくる。 結論から簡潔に言えば、アタッキングプレスは高いラインに、網張り型プレスは低いラインとの親和性が高い。 個人が積極的にアタッキングしていくプレスは結局のところの目標は高い位置からのボール奪取_もっと言えばそこからのショートカウンターにある。 その要求をこなすためには高いラインは必須だ。 逆に、網張り型プレスは、相手を罠に誘い込む「待ち」のディフェンスである。 危ないスペースを全て消そうということではなく、そのいくつかにトラップを仕掛けておき、 そこでボールを奪取してしまう。アタッキングの場合と違って網張り型はボール奪取の状況があらかじめ予想できるために、 前もってそこからのカウンターのパターンを用意できることが利点である。 スペースを全て消すのではなく、相手を誘い出すディフェンス_そのようなディフェンスに要求されるのは低いラインである。


■変化したプレッシング
ここで話が戻ってくるが、今回のアルゼンチン戦日本はディフェンスラインを高く設定し直し、 ボランチの組み合わせも福西・中田浩という守備的なものに変化した。 これに伴って日本のプレッシンッグに変化が生じた。あくまで割合ということは断っておくが、 今までの網張り型からアタッキングにプレスの種類が変化したのだ。 要するに、選手個人に対し高いレヴェルでのカバーリングへの意識が要求されるようになったのだ。

また、フォーメーション的にも今回のアルゼンチンの3−3−1−3は日本のボックス型4−2−2−2とは相性が悪く、 小笠原、中村という両OMFがサネッティ、ソリンなどアルゼンチンの中盤選手の飛び出しをケアするために両サイドに引っ張られた。 結果的に日本のトップ下(相手で言えばボランチ付近)のスペースをケアできなくなってしまった。

前回のジャマイカ戦は、小野・稲本が時にはライン前から離れてトップ下のケアも行っていたのだが、 ボランチは生来的に低いラインのためにライン前のスペースを埋めるべく要求されたポジションで、 そこを離れてまでトップ下のケアには行きにくいのだ。 そのポジションの経験が長ければ長いほど無意識的にその動きが染み付いてしまっているのでその傾向はますます強くなる。 稲本がイングランドサッカーのセンターに馴染めなかったこともそれが原因かもしれない。

その典型的な場面として前半14分のプレーが上げられる。 右サイドでベロンかキープして、ディフェンスから上がってきたサムエルにパス、 そこから全くフリーでクレスポにスルーパスという場面だ。 クレスポがオフサイドになり事無きを得たが、通っていれば決定的な場面だった。

次の試合は、稲本・小野が戻ってくる。 おそらく、意識的にも無意識的にも高いラインからのアタッキングプレスでショートカウンターを狙うスタイルになるのだろうが、 稲本・小野に要求されるであろうセンターMFとしての役割をこなせるかどうかが注目される。

_余談

ジーコの当初の目標としたスタイルは日本板黄金の中盤といわれる4人によって、 82年のセレソンを再現させようとしたであろうことは容易に想像できる。 実際試合を行ってみて、ジーコの試みはまともな試合には「戦術的」に耐えられないであろうことが見えてきた。 しかし、非常に面白いのがその戦術的欠点を捨てる部分は捨て、何とか現代サッカーでも戦える戦術にカスタマイズしていくと、 現在実際に行われているサッカーに行きつくのだ。

例えば、今回のボランチとディフェンスラインの間のスペースの問題にしても、ディフェンスラインを上げれば、 中盤はボックス型ではなくフラット型が求められるようになるだろう。 ボランチでは無く広域のプレーエリアを動き回るセンターMFとサイドエリアを広くカバーできるサイドハーフが必要とされる。 言わずもがな、これはそのままイングランドサッカーである。 逆に、ディフェンスラインを低く設定し、ライン前に守備的なダブルボランチを並べることによって前線の選手に守備にとらわれず自由な動きを保証させ、 攻守を役割分担させるとポルトガルのサッカーに似てくる。

新しい戦術はもう生まれないかもしれないといわれている昨今だが、ディティールの変化は別としてそれが生まれることは本当に難しいと感じざるを得ない。
(GAITI)