- 監督が辞めるとき
勝てば選手のおかげ、負ければ監督のせい ―― そんな因果な商売、それが監督という仕事だ。特に、サッカーでは、少しでも結果を出せないとあっという間にクビ。サッカー界では、監督交代はもはや“日常”といっても過言ではないだろう。監督が辞める場合には、監督自らが主体的に辞める「辞任」と雇用側から辞めさせる「解任」があるが、以下、「監督の解任」について検証していきたい。
■辞める理由
@ 成績不振
A 試合内容への不満
B 監督の不祥事
監督が解任される理由は上記の3点に集約される。
@の成績不振は最もオーソドックスなパターン。世の中の監督交代の90%以上はコレに当てはまるだろう。一方、AとBはレアケース。アメリカW杯予選を「4勝6分け」と無敗で突破しながら、「守備的なサッカー」との理由でメキシコ代表を解任されたボラ・ミルティノビッチなどがAの代表例だ。「予選は試合内容よりも、本大会への出場権を得ることがすべて」と語っていたボラにとってはまさに青天の霹靂の出来事だっただろう。
Bの例としては薬物使用疑惑や脱税問題を取りざたされドイツ代表監督就任が流れたクリストフ・ダウムを挙げたい。正確に言えば彼のこれらの疑惑が指摘されたのは監督就任前のことだが、(当時ダウムはレバークーゼンとの契約を1年残していたため、その間ルディー・フェラーが暫定監督として就任。しかし、ダウムのスキャンダルによりフェラーがそのまま正式に監督になり、02W杯で準優勝という好結果を残した)これが例え監督就任後で、しかも結果、内容共に素晴らしかったとしても解任につながってしまう可能性は高かったのではないだろうか。
さて、3つのパターンについて軽くふれてきたが、以下それぞれについてもう少し深く考察していきたい。
■ノルマを設定しないこと≠監督への信頼
「成績が悪いから監督を代える」
一見至極まっとうに見える意見だが、1つ注意しなければならないことがある。「成績を判断する基準」についてである。一般に新しく監督が就任するとき、フロント側は、成績を判断する基準を作る必要がある。つまりは「ノルマの設定」であるが、コレがないとフロント、監督、サポーターの3者の意思疎通が働かなくなりやすく、概ね失敗するケースが多い。
1つ具体例を挙げると03シーズンの清水エスパルス、大木監督の解任劇はまさにそんなケースだ。以下関係者のコメントを引用する形でそれぞれの言い分を見ていきたい。
以下、Sの極み 「清水エスパルス大木武監督2ndステージ限りでの退任についての関係者インタビュー」 から
久米一正強化育成本部長(広報からのコメント)
(退任の)理由は成績不振です。歴代いろんな監督で戦ってきたけれども、まだ天皇杯と(リーグ戦)2試合が残っている状況ではありながらも、現時点では年間11位と過去最低の成績であること、今のところタイトルに絡めてないということで、成績不振というのが大きな理由です。結論を下したのはもちろん結果についてですが、結果だけではありません。ゲームの内容とか、その他を総合的に判断した結果です。
フロント側が主張する解任理由は、「最大の理由は成績の不振。ただし、ゲームの内容も不満だった」という、先に挙げた解任理由@とAを複合したものだということがわかる。しかし、以下の大木監督のインタビューを見ると、このフロントの主張には首をかしげざるを得ない。
大木武監督インタビュー
Q解任を伝えられた状況は?
A早川社長の事務所に呼ばれまして、「あとJリーグ2試合で辞めてくれ」と言われました。
Q理由というのは成績不振ということで?
Aだと思います。
Q原因について細かい話は?
A社長の方からはないですよ。私が(細かい話を)言っても、これは言い訳にしかならないわけですから。
Q解任の理由は成績不振ということですが、早川社長からは具体的な数字は出たのですか?
A何勝何敗というのはありませんでしたが、「エスパルスは少なくとも5位以内にはいなければならないチームだ。それが10位(2ndステージ)では成績不振と言うしかない」と言われました。
Q就任当初にそのような話はありましたか?
Aありませんでした。
Qまだ優勝する可能性、5位以内に入る可能性があるのですが、そのことを早川社長には言わなかったのですか?
A私は何も言いませんでした。
Qなぜ言わなかったのですか?
A言っても仕方がないことですから。
このインタビューで先のフロント側の発言に矛盾があることがわかってもらえただろう。つまり、フロントは事前には成績に関して基準(ノルマ)を全く設定していなかったにもかかわらず、この段に来て急に「ステージ5位以内」というノルマを持ち出し、現状の成績を成績不振と断定してしまっている。さらに言えば、03シーズンの2ndステージはまれに見る混戦で、この時点で後2試合残したエスパルスが「ステージ5位以内」に入る可能性も十分あり得たのだ。(結局、最終成績は10位。しかし、首位マリノスとの勝ち点差わずか5という大変な接戦だった)
全くの矛盾だらけのフロントの言い分に大木監督が納得していないことがよくわかるインタビューだが、すべての原因はやはりフロント側が事前にノルマを設定しなかったせいだろう。では、何故フロント側が大木監督にノルマを設定しなかったといえば、期待の大きさ故なのではないかと推測できる。
大木監督は、清水市出身で93年にエスパルスユース監督に就任して以来、指導歴は清水一筋というチームの秘蔵っ子。そんな彼がバンフォーレ甲府で見事結果を出し、満を持して監督に就任したのだ。チームも全力でバックアップするためにタレントをそろえた。ツゥット、安、北島に大木監督が甲府からつれてきた鶴見を獲得。チームとしては大木監督に新生エスパルスの基礎を築くことを期待したのだ。決して“使い捨て”するつもりはなかったのだ。だからこそ、そんな期待を表すために、よけいなプレッシャーを与えないためにノルマを設定しなかったのではないだろうか。
しかし、皮肉にもその思いが両者の意思疎通を困難にしてしまった。そもそも、事前に「成績の基準」を決めておかなければ、“成績不振”など起きようがないではないか。何も基準を決めないで、エスパルスの「6勝6敗3分け」という成績を判断することは、「時速50kmで走っている自動車」を速いか遅いか判断するようなものだ。新たに監督が就任し、その成績の是非を判断するためには事前のノルマの設定は必須の条項なのだ。(※大木氏は今年度から川崎フロンターレU-18監督に就任した)
■コンセプトについての共通理解
冒頭で紹介したミルティノビッチの例のようにフロントやファンが監督のチーム作りのコンセプトを理解していなければ、監督は不当な不満に晒されることになる。そのためには事前に監督のコンセプトがフロントやファンに伝わっていることが重要になってくる。その好例として、ここ10年間、一貫したコンセプトで代表を強化してきたアメリカを挙げたい。
94年の自国開催のW杯に向けて91年にボラ・ミルティノビッチが就任して以来、アメリカのシステマティックな強化計画が始まった。まず、特筆すべきはW杯へのあまりにも特異な強化プランである。(詳しくは、ボラの監督コラムを参照)何と彼が監督に就任して以来の3年間に実に92もの試合を行い、特に大会直前の1年間は、試合と平行して選手たちを拘束して合宿を行い、あたかもクラブチームのように代表チームを鍛え上げたのだ。その甲斐あって、アメリカは見事開催国のノルマである決勝トーナメント進出を果たした。
その後もアメリカは、ボラのアシスタントコーチであったスティーブ・サンプソンが4年間監督を務め、現監督のブルース・アリーナはすでに就任6年目を迎えている。(ちなみにアリーナは五輪代表監督も兼任)他国の代表監督に比べ異様に長いこの任期は、アメリカ代表が一貫されたコンセプトのもと強化されてきていることを表している。02W杯でのベスト8に続きU−17、U−19それぞれのカテゴリーの世界選手権でベスト4と安定して結果を出し続けるアメリカは、コンセプトについての共通理解の大切さを示していると言えるだろう。
もう一つ、先頃、スチュアート・バクスターが監督に就任した南アフリカについても述べておきたい。シドニー五輪初戦で日本とも対戦したバファナバファナこと南アフリカ代表はベニー・マッカーシーやフォーチュン、ノムベテ、ピーナールなど能力の高い選手を数多く抱えているタレント集団である。にもかかわらず、未だ国際舞台での大きな活躍は少なく、これから名前を売りたい監督にとっては非常に魅力的なチームだ。もちろん、能力がありながら結果を出せなかったことには原因がある。
「マシャバの子供達」といわれるベニー・マッカーシーなどのシドニー世代は、非常に高い能力を持っている反面メンタルに問題を抱えている選手が多い。フィリップ・トルシエに率いられたフランスW杯は、彼の高圧的な態度や組織優先のサッカースタイルが選手達の反発を呼びチームが空中分解。連続出場した韓日W杯では、現レアル・マドリーのカルロス・ケイロスを指揮官に据えて望んだが、こんどは逆に個人技頼みのサッカーで予選敗退してしまった。
現在のバファナバファナに必要な指揮官は、「選手の兄貴分」のような存在で、かつ戦術的な指導力も高い、元セネガル代表監督のブルーノ・メツのようなタイプだろう。そういう意味では、バクスターは面白い。大住氏のコラムでのバクスターのコメントからは、自分の方法論を押しつけるのではなく、南アフリカに適応した上で、南アフリカに合った独自のスタイルを築こうという意図が見て取れる。29人もの候補者から選ばれたバクスターは、もしかしたら本当に「眠れる獅子」を起こしてしまうかもしれない。
■求められるメディアリテラシー
Bの「監督の不祥事」のケースで注意すべきこととして、@やAが原因として発生するものの存在がある。例えば、ブラジル代表のヴァンデルレイ・ルシェンブルゴや韓国代表フース・ヒディングのスキャンダルは、それぞれチーム状態がどん底の時に発生したものだ。仮に成績が良ければ表に出なかった類のものではないだろうか。
ルシェンブルゴのスキャンダルは、セレソンがW杯南米予選で一時的に6位まで転落した際にふってわいたものだ。その内容は、脱税や選手の保有権売買、女性問題に始まり、現役時代の年齢査証疑惑にまで及んだ。これらの醜聞は、いずれも確固たる証拠のない告発だったが、ルシェンブルゴの評価をさらに下げ、シドニー五輪後の解任につながった。ヒディングの場合もまた同様だ。監督就任直後のヒディングコリアはすぐには結果が出ず、北中米ゴールドカップの期間中、彼が愛人を同伴したことをメディアにたたかれた。ヒディングのW杯ベスト4というその後の成績は、ルシェンブルゴと対照的だが、危うく有能な指導者を潰すところだったことは頭に留めておくべきだろう。
ちなみに、ルシェンブルゴ解任後、ブラジル協会はルイス・フェリッペに監督就任を打診したが、彼は「失敗すれば家族にすら危害が及ぶ」というセレソン監督のリスクの高さを恐れ、辞退。同様の理由で次々と候補者に断られ、最後はエメルソン・レオンに白羽の矢が立った。当時ブラジル国民の大多数は「レオンだったらルシェンブルゴの方がマシだ」と思ったようだが、ルシェンブルゴを解任に追い込んだのも「ブルジル国民」であり、その後の後任監督候補が次々と打診を辞退していったことも「ブラジル国民」のせいである。まさにこの結果は自業自得と言えるだろう。結局、レオンの解任後フェリッペが監督就任しW杯を制覇したが、最強のナショナルチームであるセレソンをもってしても、何時までもこのような無計画ぶりを続けるようだと何時か破綻すると言わざるを得ないだろう。
もう一つは、権謀術策について。1つ例を挙げる、フィルップ・トルシエ解任騒動のときの話だ。彼を快く思わない、協会の勢力が世論を解任に導き、対立勢力を黙らすために朝日新聞に情報をリーク。何と、朝日新聞一面に「トルシエ解任」の文字が躍ったのだ。結局、トルシエは、ハッサン2世でのフランス戦の善戦という結果を残したことや、スタジアムで「トルシエニッポン」コールが起こるなどファンの支持の高さから留任を果たした。その後トルシエは、シドニー五輪ベスト8、アジアカップ優勝、W杯ベスト16という見事な成績を残し、ファンの期待に見事応えた。
「戦術を最終的に決定するのはファンのメンタリティーだ」とは、アリゴ・サッキの言葉だが、これらのメディア(あるいはそれを利用するもの)の目的は、ファンにマイナスイメージを植え付けることであり、世論を誘導することにある。先のセレソンの例でもそうだが、1つのサッカーチームを取り巻くパワーバランスの中で、「ファンの力」は決して無視できないほど大きいのだ。我々ファンはそれを自覚し、メディアに対してのリテラシーを磨かなければならないだろう。
(GAITI)