- “タクティカル・フレキシビリティー”がもたらした弊害
■ 王者の戦術
「フランス、アルゼンチンの敗因は、“タクティカル・フレキシビリティー(戦術的柔軟性)”の欠如というのがあったのかもしれない。個々においてもチームにおいても、それがあるチームが勝っていた。(中略)フランスは、ジダンがいないときに、ジダンとミクー、或いはジダンとジョルカエフを替えるだけでは足りなかった。アンディ・ロクスブラ(元スコットランド代表監督)と話したとき、(彼は)ジダンはハブ(車軸)プレイヤーだったと言っていた。チームリーダーは必要だけど、それがハブになってしまったら、車軸を抜いたときにバラバラになってしまう。ジダンがいないときのシステムは、はたしてあれでよかったのか?」
フランスW杯、ユーロ2000の連覇で一躍“世界最強”の名声を手に入れたフランス代表。しかし、優勝候補筆頭としてのぞんだ韓日W杯では、1勝もあげられず予選敗退という信じられない結果に終わった。冒頭の文章は、当時の日本サッカー協会ユース育成ダイレクターであり、現在はサンフレッチェ広島監督、小野剛氏が、フランスの敗因を分析したものである。
ジダン不在時の準備不足__。上述した小野氏の意見に限らず、世界中の多くのメディアが指摘したフランスの代表的な敗因だ。あのショッキングな敗戦から迎える初の大きなコンペティションで、“ル・ブルー”はこの課題に対して一体どのような解答を見せてくれるのだろうか?
ユーロ予選を全勝で突破し、コンフェデレーションズカップでも優勝とW杯ショックからチームを立て直し、ここまで順調な歩みを見せる前回チャンピオン。システムは、非常にオーソドックスな4‐4‐2(4‐2‐2‐2)。ルメール時代はウイングとして使われていたアンリをFWに、ジダンは左OMFとして左からトップ下まで自由に動く、というようにそれぞれ所属チームと類似した役割を与えている。しかし、今回のフランス代表はアンリがいなくなったらルイ・サハ、ジダンがいなくなったらピレスや(プレースタイルは大きく変わるが)ジェローム・ロテンというようにそれぞれのポジションに高い適性を持った選手を抱えている。
W杯でのフランスの敗因の1つには、4‐2‐3‐1という選手個々の戦術理解度が要求されるシステムを使いながらも、選手起用にそれが反映されていなかったことが挙げられる。1トップのサポートのために逆サイドのMFがトップまで顔を出すと言った動きが少なく、ゴール前の人数が足りなかったことなどにシステムへの戦術理解度の低さが表れていた。今回、ル・ブルーがそういった汎用性の低いシステムを取らず、オーソドックスな4‐4‐2を採用したことは、選手が1人2人欠けても極端な戦力低下を招かないためのものだと思われる。
また、同時にそれは冒頭で小野氏が指摘した“タクティカル・フレキシビリティー”の欠如を補うものでもある。現横浜マリノス監督、岡田武史氏は当時のフランス代表の戦い振りにこう不満を表していた。
「相手にリードされた展開で試合終盤を迎えても戦い方に何ら変化が見られない」
ドイツのような粘り強さが無く、どこかタンパクな印象を与えるフランスの戦い振りに不満を抱いた人も多かったのではないだろうか。4‐4‐2は、選手の能力への異存度が高い反面、戦い方の汎用性が高い“タクティカル・フレキシビリティー”を生みやすいシステムである。ル・ブルーは、世界王者らしく下手な小細工はぜず選手の能力を純粋に引き出すことで、ユーロ連覇という快挙を狙ってきたのである。
■ “タクティカル・フレキシビリティー”がもたらした弊害
一方、イングランドはお馴染みの4‐4‐2ながら、中盤の構成(日本戦で行った)をダイヤモンド型からフラット型に変更してきた。直前のアイスランド戦で、スコールズを左に回し、中央をジェラードとランパードで構成する中盤をテストし、5‐0と非常に上手く機能した結果からだろう。この布陣が機能すれば、イングランドで長年言われつづけていた「左SHの不在」を(やや搦め手ながら)払拭することになる。
オーウェンが「今回はチャンスだ」というように近年稀に見る充実した選手を揃えてきた“スリーライオンズ”は、初戦のフランス戦をポイントと捉え、コンディションを合わせてきた。試合序盤は、一進一退の攻防ながら、イングランド選手の体調の良さが目を引く。特に、ルーニーとジェラードは素晴らしい動きを見せていた。そんな中、試合が動いたのは、前半38分。イングランドがゴール前で得たフリーキック。ベッカムが右足から放った鋭い弧を描くスピードボールをランパードが頭で合わせ、イングランドが戦略上非常に重要な先制点を奪い取った。
前回W杯でアルゼンチンを予選敗退に追いやったように、集中力が高まったときのスリーライオンズの守備を打ち破ることは非常に困難。今回も先制点を奪ったことで、全体を引き気味にシフトし、ルーニー、オーウェンといった快速FWによるカウンターを狙ってきた。ジダンが中盤でボールを持っても、安易にチェックに飛び出さず、キチンと等間隔に2ラインがスペースを埋め、全くパスの出し所が無い。スペースが無ければ、頼みのアンリも全く生きず前半は完全に消されてしまった。かといって、ハイボールもキャンベル、キングに跳ね返され、フランスは完全に八方塞の状況になってしまったのだ。
それにしても、仮にも世界最強の看板を掲げるチームとしては、ル・ブルーの前半はあまりにもだらしなかった。イングランドに先制点を奪われれば、このような展開になることは当然予想できたはずである。にもかかわらず、その状況に対するシュミュレーションがあまく、有効な手をうてない。原因は、チームとして何がしたいのかが曖昧で、それが迷いに繋がってしまっているのからではないだろうか。今回のフランス代表は、汎用性やタクティカル・フレキシビリィーを必要以上に重視してしまった影響で、チームとしてスーパーなタレントであるジダンやアンリをどう生かすか?といった部分がすっかり抜け落ちているのだ。
結局、ル・ブルーは、アクシデントによる選手離脱の影響を最小限に止めたり、試合展開によりシステムを変えるなどの“タクティカル・フレキシビリティー”を手に入れた反面、肝心のベストメンバーでの破壊力を下げてしまったのである。ジダンやアンリがいなくなったときのために準備を整えておくことはもちろん大切なのだが、肝心の“彼らのいるとき”の熟成を怠ってしまっては本末転倒としか言いようが無い。
■ 拮抗した試合の勝負を決める要素とは?
後半に入っても、試合の主導権を握っているのはイングランド。カサにかかって攻めて来るフランスを尻目に好調のルーニーを中心に効果的なカウンターを繰り出す。そのシンプルだが効果的な戦術が実ったのが、後半27分。カウンターから抜け出したルーニーがエリア内で、シルベストルに倒されPKを奪い、まんまと注文通りのカウンターを成功させた。しかし、これでジエンド、Q.E.D.になるはずのPKを、ベッカムがまさかの失敗。このPK失敗がこの後、大会史上に残る“奇跡”を生むことに繋がる。
拮抗した試合を決める要素は、「ミス」と「個の力」である。イングランドもこの試合の「魔の3分間」で身を持って感じたことだろう。
後半のロスタイム表示「3分」が表示された直後の後半45分。マケレレがヘスキーに倒されて、ゴール前約20mでフリーキックを獲得した。キッカーは、ジダン。フランスが世界に誇るクラッキが右足から放ったボールは、壁のすぐ上を通過し、ゴール左に突き刺さった。
完璧なゲームプランで勝利を確信していたスリーライオンズは、このゴールで激しく動揺し、慌てて攻めたてようとしてしまった。気持ちばかりが先走り、ボールに対するサポートも十分に行われず、ボールの出し所を無くしたジェラードが、GKへ意識もここにあらずバックパス。イングランドは、ラインを上げた状態で、アンリはオフサイドポジションにいたが、ジェラードは動揺からこの状況を全く見ていなかった。このボールを拾ったアンリがジェームズに倒されてPK。先ほどのベッカムとは、対称的にジダンがこれを落ち着いて沈め、試合終了のホイッスルが響いた。
ところで、フランスは後半、アンリを左ウイング気味に配置し、4‐2‐3‐1にシステムを変更してきた。これは、「ほとんど死んでいた」アンリを生き返らせることに繋がり、同時にイングランドの4バックをサイドに広げ、中央へのスペースを生み出すことになった。この試合では、中央でのパスワークがイマイチでそれを上手く生かせなかったが、アンリやジダンを生かそうという意図は感じられた。そもそも、ジダンがエメ・ジャケに抜擢されて以来、ル・ブルーは常にジダンを中心に回っていた。リザラズが未だにレギュラーを張れるのは、ボルドー時代からのジダンとのコンビネーションがあったからだし、マケレレにしてもレアル時代からの「ジダンのための労働者」である。
ジダンと言う強力な磁場を持った選手を使う以上、指揮官は彼と心中するくらいの覚悟が必要なのかもしれない。ジダンはチームにとってハブ(車軸)であって、決して歯車の1つにはなれないのだ。フランスW杯でエメ・ジャケが敢えて、ジダンのバックアップを置かず彼と心中したように、そもそも彼にバックアップはいないのだ。この試合がまさにそうであるように、ここ最近のル・ブルーの好成績はやはりジダンの存在が大きい。レヴェルの高い守備組織を持ったもの同士が戦う拮抗した試合を決めるには「卓越した個の力」がどうしても必要になってくる。もちろん、チーム全体のバランスを考えた上でだが、彼のような卓越したタレントを抱える以上、それを生かさないことは「百害あって一理無し」である。彼のバックアップについては、当時ジャウミーニャが絶頂期のディポルティーボで、イルレタが行ったように、彼のためのシステムとその不在時のシステムの両方を用意しておくと言うことが、(ナショナルチームであるル・ブルーにそこまでの時間は無かったかもしれないが)卓越したタレントを抱えるチームの最も賢いやり方だろう。
(GAITI)