- ■チームの構築と非対称性の考察(後編)
- ■駆け引きと非対称な戦術と現状
ところでサッカーで駆け引きと聞いたときはどのようなことが思いつくだろうか?
一般的に使われるのが
「相手のサイドが攻撃的だからこっちは守備的にする」
「相手が2トップなら3バック、3トップなら4バック」
などもはや古典とも思える常套句が並ぶではなのだろうか?
どれも選手交代やスタメン変更など相手の裏をかく変わりに自分のリズムさえ崩しかねないものが目立つ。
そもそもこれまでのサッカーにおける駆け引きとは監督が行う選手交代、相手との相性を考慮したシステム・選手、試合中に選手が個々のものくらいで
チーム戦術構築の初期段階ではほとんど想定されていない。
(唯一、かつてのセレソンが全員の高い共通意識のもとにチームとして駆け引きを行っていたが、これは井までは全く見られることがなく例外中の例外と言えるだろう)
サッカーの戦術とは監督の表現活動の意味合いを少なからず含み、考え方や理想がチームの適正に合う合わないに関係なく展開されることも多く、またそれが正しいと思われている節がある。
例えば監督の違いが最も顕著に表れるのがサイドでの守備の対応で、左右のサイドでは監督の理想とする”同じような対応”が求められ、結果正対称の戦術システムをとることが多い。
実際、歴史的に見てもあたかも学者の考えたようなきれいに体裁の整ったシステムが究極のシステムとして珍重されてきた。
過去の例を見てもクラシック・WM・4−4−2など幾何学的なシステムが長期政権を築いている。
一部でブラジルのザガロが見せた特にサイドのWGポジションではドリブラー系の選手を基点としたサッカーでそれは見られたが、
このような突出した個人を生かす以外の目的で非対称なシステムを採用したチームはほとんど無いように思う。
だが近年、一部のチームで守備の対応を左右で切り替えているクラブが存在する。
例えばそれはトルシエの率いた2000年のシドニー五輪代表とアジアカップチームであった。
- ■駆け引きと非対称な戦術と現状
2000年のアジアカップではトルシエ率いるU−23日本代表をその基礎とし、左サイドハーフの中村が守備の負担を軽減されて攻撃の起点となり、さらに右の守備のスペシャリスト明神がボランチ的な役割で戦っていた。
このチームは単に左の中村の個人の力で局面を打開するのでなく、明らかに左サイドを経由させることで攻撃を展開していた。
左サイドに比重を置くことで相手もそれに対応せざるを得なくなり、それと同時に正確なキックからの右サイドへのサイドチェンジがよく活かされていた。
片サイドを特化させることで、どのタイミングでどちらのサイドを使うかなど意図された戦術的な駆け引きを演出することも可能になった。
それが活かされたのがアジアカップでの中国戦であり、中国が徹底的に日本対策をしてきたにも関わらず右サイドの明神のミドルシュートに対応できず、結局はそれが決勝点となった印象的な1戦である。
対して去年までのレアル・マドリードでは守備は左右での違いはなく、攻撃時に左の中盤に本来はFWのラウルを配し、逆サイドにはパスとドリブルに秀でていてタメも作れるフィーゴを置くことで右サイドを起点に攻撃を組み立てた。
また現在のアルゼンチン代表では攻守での役割が非対称である。
ボールを持つタイプのWGオルテガの後ろにシンプルなサイドプレーヤーザネッティを配し、
逆サイドにはボランチタイプのソリンとその前方には裏を狙うFWタイプのC.ロペスと前後のバランスをとることで左右の攻守のバランスを保っている。
このシステムでは攻撃が閉塞してくるとソリンが中盤を飛び出して一気に前線でFW的な飛び出しを行うという切り札まで用意されている。
これは本来はボランチタイプでサイドでは試合にからみにくいソリンを逆に相手の守備がノーマークになることを効果的に利用した好例だ。
だがこれらのチームのいずれもがまだ戦術的な駆け引きがあったかというとまだそこまでには達していない。
どのチームも攻撃が機能しない状態に陥ったときのチームとしての対応が機械的でほとんど工夫がない。
だがこれはそれだけ戦術的にチームが優れていることの表れであり、だからこそ実際機能しなくなったときの対処があまいとも言える。
意外にも最も駆け引きらしきものが見られたのが日本代表(特にアジアカップ中国戦など)であったが、
それでもまだ名波などゲームコントロールに特化したプレーヤーの判断があって奇跡的に起こした束の間の出来事に過ぎない。
- ■具体的なメリット
だが実際に左右で攻守のスタイルを変えるメリットはどこにあるのだろうか?
究極的には前述のように戦術的な駆け引きができるということなのだが、それ以外にも次のようなことが可能性として考えられる。
可能性の1つは、攻撃の起点を片サイドに置くことで、そこから相手が対応が出来ないほどの多種多様の攻撃パターンを構築しやすい点である。
確かに選手の個人能力が極めて高いレベルにあれば左右に限らず等質のスタイルで一つ一つの局面を乗り切ることもできるだろうが、
これが日本のようなサッカー中堅国の場合は自分たちの良さだけを出し、その試合だけでも悪い部分を隠す必要がある。
もっと言えば選手の能力のバランスが悪くても構わず、その分特に中盤の選手には協調性と独自性が求められる。
2つ目はチームにおける異能者の活用にある。
元来、多くのチームで見られるサイドにドリブルからの突破力と走力に優れた選手を配置する方法は、そこからの一対一の突破で局面を打開することを期待しているのだが、
チームの戦術としてはどうしても安定感が欠け、万一その選手が抑えられてしまっては攻撃を組み立てることすら出来なくなる危険をはらんでいる。
その点、突破には向かないが攻撃のタメが作れ、周りとの連携を重視するような異能者に居場所をもたらすことが出来る。
(異能者のチームにもたらす効果はこちらを参照)
一般論では4−4−2−などのシステムはその性質上、全員が攻守に渡り高いレベルの能力が要求され日本などの国には向がず、
一方で左右非対称のサッカーは、異能者をその戦術の軸にすえる事で選手の仕事が明確化されやすく、3−5−2などのシステムと同様その役割を比較的ステレオタイプに割り振ることができる。
結局のところ、中堅国がそのレベルに見合わず高いレベルでサッカーを試行したいと思うならば、中でも特徴ある選手のその特異なプレーを生かし、周りはその力を引き出しチームとして機能するように選手を配置する以外に方法がない。
中堅国でも強豪国と総合能力による勝負を避けつつ、高難度なチーム作り代償である高いレベルでサッカー展開できる可能性がある。
これが3つ目のメリットといえる。
- ■監督の果たす役割とその難易度の問題
前述の通り、現状ではサッカーの監督というのは自分の好みやその感覚からチームを構築するのに1つの方法論しか持ち得ていない。
実際のところ左右非対称のサッカーに求められるのは、チームの軸となる異能者の存在と何より監督の資質なのだ。
意図的に崩された左右のバランス、チームのバランスの修正能力、戦術的な駆け引き、左右で違う攻守の対応、選手の配置と組み合わせ、そしてそれらを正確に選手に説明する能力など、
監督にはサッカー理論とチーム構築の方法論において従来の監督像とはかけ離れた戦術的な意味合いでジェネラリストである必要がある。
時間が非常に掛かる上に実際に力ある戦術に組みあがる保証はどこにもなく、チームがこのような機能を発揮するまでにいたる過程は大変困難なものになるであろう。
だが、もしこれが本当に機能したならこれまでの戦術とは別次元のチームができるかもしれない。
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- ■関連リンク
■「チームの構築と非対称性の考察(前編)」