- ■「チーム戦略上の左サイド攻撃とレフティーの関係に関する考察」
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サッカーは正対称なスポーツだ。
当たり前のように思うかもしれないが、幾つかのスポーツはではこれは成り立たない。
例えば野球やトラック競技では必ず時計と反対回りに走らなければいけない。
バレーボールもサーブ権が移る際のローテーションは必ず時計回りで行わなければならない。
サッカーをはじめとした多くのスポーツには、こういった「ルール上明記された左右による役割の違い」というものは存在しないはずだ。
しかし実際に行われているサッカーをよく見ていくと、左右での違いが明らかに存在していると感じられるときがある。
つまりサッカーの場合、左サイドからの攻撃に偏っているという事実がある。
これは昔から議論の対象となるところだが、その違いは傾向としてはっきりと現れている。
もちろん右サイドからの攻撃がないとは言わないが、多くのチームで左サイド側を攻撃の起点としている。
以下、左サイドを基調とした攻撃について左利きの選手との関係を幾つかの定説と推論をもとに考察することとする。
- ■定説(1) 『 レフティーは脳機能的に右利きよりも優れている 』
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「左利き選手(以下レフティー)は特別な存在なのか?」という議論は昔から存在する。
利き足が優れたサッカー選手の資質を示すかどうかはともかく、
近年は医学の進歩に伴ない脳科学的に見た左利きと右利きの機構的差異は分かりつつあるようだ。
サッカーにおける脳機能から見たレフティーについてのはこちらに詳しく載っているので、是非一読して頂きたい。
『脳機能とレフティーの天才性の関係』
http://www.keddy.ne.jp/%7Eblue/supportista/data/hoka/1047158864.html
この内容を要約するならば、
「レフティーは右脳で処理した映像を使っての、左足での再現性に優れている」
「繊細な利き足(つまり左足)を備えていることが多い」
というようなものだ。また一般的な意見としてレフティーは
「右脳による空間認知力が非常に優れている」
とも言われている。
その違いを示すこんな事例がある。
それは脳の機構に関するテレビ番組の実験で、ある大学の普通のサッカー部員を対象にして
「複雑な幾何学図形の中から指定された多角形を探す」
というものだった。
結果は驚くべきものだった。
最初は右利きの選手が1人で探していたのだが、数分経っても見つけられず、ついに2人がかりで探したのだがそれでも見つけられなかったのに対し、
左利きの選手がそれを行った場合には、経ったの数秒、ほぼ一瞬でそれを見つけたという実験結果であった。
あまりにもはっきりと差が表れてしまったので実験スタッフですら唖然とした様子だったが、
推測するに通常の右利きと左利きを比べた実験ではこれほどはっきりとした差は出ないのだろうが
日常的に空間認知力を必要とされる環境に置かれたレフティーには、右利きのそれと明らかに差を生じさせることが見えてくる。
単純な実験ではあるが、一瞬で状況を理解する能力がレフティーと右利きの凡庸な選手では決定的に違うということを示す良い例だ。
これらの事項から、レフティーは基本的に優れたサッカー選手になる資質を有している可能性が高いと言えるだろう。
- ■定説(2) 『 左利きは右利き世界への対応力を持っている 』
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言われるまでもなく、世の中には右利きが大多数であるので、ハサミの構造から駅の自動改札まで仕様は全て右利き用である。
幼い頃からそういった不自由な環境に放り込まれるため、レフティーは右利き世界に対する柔軟な適応力を持っていることは確かなようだ。
このことが具体的にサッカーにどう影響するか、はっきりとしたことは言えないが、
日常の場面である種の想像力や工夫が多少は求められるようになることは確かだろう。
- ■定説(3) 『 レフティーの希少性が、レフティーを有利にしている 』
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利き足が左である割合というのは、全人口のせいぜい2割程度だというデータがある。
つまりレフティーに対する守備機会というのが、レフティーの少なさに比例して少なくなっていくことで、
相対的にレフティーの守備は同じ能力を有する右利きの選手よりもうまくできない可能性は否定できないし、確かにそういう部分もあるだろう。
他に挙げられるのが、レフティーは立場が優遇される部分があるということだろう。
つまり、サッカーという正対称なスポーツを考えた場合、右足がある以上左足を必要とする場面が必ず出てくるからである。
にも関わらず、レフティーはその絶対数が少ないために、幾多の場面で優遇される機会も当然増える。
レフティー1人あたりの試合出場時間も右利きの選手に比べれば相対的に増えるはずだ。
そうなれば少数であるはずのレフティーの試合経験が一番豊富である可能性すら出てくる。
- ■定説(4) 『 右利きの選手は左サイド側に蹴りやすい 』
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レフティーの問題を語られる部分で意外にも置き去りにされているのはこの部分だ。
人間をマシンとして捉えるならば、右利きの選手が正面を向いた場合にインサイドキックした場合にはどうしても左側にナチュラルに曲がりやすいし、また蹴りやすい。
プレーの選択肢の幅という意味でも、例えば右を向いた場合には同じ理由で右にも左にもインサイドで蹴れるが、
左を向いた場合にはインサイドでは左にしか蹴れなくなる。
アウトサイドで右側に強いキックを正確に強くすることが難しい、ということには異論は無いと思うので、
左右のプレー機会が同じだけあり、右利きの選手がピッチ上に多ければ、
余程意識的に配球を行わない限り必然的に左サイドにボールが集まる。
- ■定説(5):前談 『 利き目と人間の注意力の法則 』
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一般的には知られていないが、人間には利き手、利き足の他に『利き目や利き耳』と呼ばれる無意識に使う側の器官が幾つか存在している。
その割合だが、右手が利き手のものが全人口の約90%,右足が利き足のものが約80%,右目が利き目のものが約70%,右耳が利き耳のものが約60%と言われている。
当然、それぞれの利き側は一致する場合が多い。
「利き目」という言葉は一般的に馴染みがないだろうが、その判別方法は意外に簡単で以下のように行う。
遠くの物に目の焦点を当て、次の突き立てた指を両目を開けたままでその像に重ねる。
片目をつぶったときに像がピッタリと重なる方が利き目ということになる。
では「利き目」は何のために存在しているのか?
利き目の役割としての多くは目標物を正確に捉える側の目、ちょうどスコープのような機能を備えている。
そのため一般的に利き目の方が神経の感受性が高く、例えば効き目のほうが部屋が明るく見える人もいるはずだ。
また特にスポーツに限れば、利き側の目と手や足は逆だと有利といわれている。
例えば利き手と利き目が右側の野球選手がいるとしよう。
この選手がボールを遠くに投げるためには当然身体を右側にねじり、顔を右に向ける必要が出てくる。
そうすると本来対象物を捉える右目が目標物と正常な位置関係を保つことが難しく、このため逆目の左目が利き目の方が有利なのだ。
サッカーをはじめとし、マラソンなどのランニングにおいても全く同様のことが言えるようだ。
その他にも人間の視覚認識のシステムで利き目に関わらず左側に注意が向くという特性がある。
何故そうなのかはまだ完全に解明されてはいないようだが、習慣的な特性と言われている。
これらのことを前談として次のような複合的な要素による結論が導き出される。
- ■定説(5) 『 複合的要素による解決 』
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(ここからは説明の便宜上、利き足と利き目は同じであるとする)
サイド側と利き足が一致する場合、つまり左サイドに左利きの選手を置く場合には、極端な話、この利き目の利点を上手く生かすことができないことになる。
しかしサッカーという”競技”を純粋に考える場合には、サイドと利き足は一致している方がセンタリングなどのプレーの選択肢が増えるためプレー自体はしやすくなるのだ。
だがここまでならば左右に特に違いが認められはしない。
ここに更に先ほどの、人間は左側に注意が向く特性というのを当てはめると、
左サイド側にボールが集まりやすくなることが定説(4)以外でも認められることが分かるだろう。
そう考えていくと左サイドにいるプレーヤーは、視覚的見れば相当に不利な条件の中でプレーしていることがわかる。
ボールも敵も味方も、苦手なはずも視界の右側で捉え、利き目の左側の視界を完全に封じられているためだ。
ここからは完全な推論になる。
ではそういう視界を塞がれた状況において、レフティーは必然的に視力意外の能力をフルに活用することにはならないだろうか?
そこで重要になってくるのが先に挙げた空間認知力(脳内ピッチと呼んでもいい)となるのだろう。
ここでスポーツにおける空間認知を示す興味深いインタビューがあるので紹介する。
―――サッカーでもイメージトレーニングは大切だと思う。
試合のイメージは自分がグランドに立って全体を見渡しているイメージもありますが、僕の場合は、極端に言えば自分が真上からピッチを見ているイメージを持つようにします。
そうすると視野も広がりますから、ゴールまでの二次的、三次的な攻撃のイメージが作り易いんですよ。―――
<北沢 豪>
―――自分の試合は必ずビデオで見ます。
試合の中で例えばミスをしたりすると、全体を感じてプレーが出来ているんで試合の途中で分析ができるんです、コートを上から見ているみたいに。
テレビでサッカーの試合を見ているような感覚で試合に入れているから、ポジショニングもよかったりします。―――
<大森 征之>
これからわかるのは、サッカー選手というのは現実のピッチでの出来事の他に空間認知力に支えられた、
いってみれば"脳内ピッチ"と言えるものを持っており、現実のピッチの状況をリアルタイムに脳内ピッチに反映させ、それを現実のプレーにフィードバックするという作業が自然と行われているということだ。
こう考えるとサッカーにおける優れた空間認知力とはそのフィードバックの出入力の情報の量と精度と速度であると言いかえることができる。
擬似空間としての脳内ピッチの広さや配置できる敵味方の駒の数、数秒後の状況の予測能力、フィードバックの精度と速度に加え、現実のプレーの精度でもレフティーに一日の長があることが前述の事項から容易に推測できる。
そしてこれらを複合的に考えてシミュレーションした場合、左サイドのレフティーを配置する理由は次のように考えられる。
「本来、ボールが集まりやすい左サイドというのは、プレーを行うには視野が狭められプレーに支障をきたしかねないエリアである。
そこに空間認知力に優れるレフティーを置くことで視覚的なハンデを補うことができる。
更にそこを敢えて攻撃の起点とすることで、レフティーの正確なボールコントロールと空間認知力を生かした展開力によりオープン攻撃をしかけることができる」
これは現実のプレーイメージにかなり近い結論ではあるように思うが、いずれにしても推測の域は出ないであろう。
もちろんこれ以外にも左サイドでのレフティーの有意性や必然性についての重要な要素が発見される可能性もあるだろうが、
限定的な意味での「チーム戦略上における左サイドアタックの重要性について」は解決できたのではないだろうか?
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