- ■「ゾーンディフェンスの功罪」
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「ゾーンディフェンス」は一人の選手を一人がマークする「マンツーマンディフェンス」とは大きく異なっている。
地域(ゾーン)をそれぞれのプレイヤーが分担し、そのゾーン内の相手をマークする守備方法だ。
現代では様々な理由からゾーンディフェンスで守ることが常識となっている。
しかしながらゾーンディフェンスにも問題がないわけではない。
一般的に、ゾーンディフェンスで最も問題になるのは”ゾーンとゾーンの境界”である。
ゾーンディフェンスは守備地域を分担しているために、相手選手がゾーンからゾーンに入れ代わる瞬間に守備側はマークを受け渡す必要がある。
刻一刻と状況が変化する中で、DFが一矢乱れぬマークを受け渡すことは理論上不可能。
即ちその瞬間FWへのマークは薄くなるのだ。
またゾーンが切り替わる境界面というのはDFとFWの距離が最も遠ざかる位置でもあり、
裏に抜けるのが得意な選手は大概はこの位置にポジションを取るのだ。
対してマンマークではこういうことは起きにくい。
何故なら純粋な意味でのマンマークでは受け渡し自体がほとんど発生しないためだ。
つまりゾンディフェンスの弱点とはマンマークをしないことによるものであり、これはある意味ではジレンマである。
それでもなおマンマークが行われないのは、ゾーンディフェンスの弱点よりもチーム全体に与える悪影響の方が大きいからだ。
■ゾーンディフェンスの弱点
実際にゾーンディフェンスはどのような場合に綻びを見せるのか?
これはゾーンディフェンスの特徴である”マークを受け渡す”という行為の中で起こった事例である。
J-league division1 1st-8th(2003/05/10)
横浜Fマリノス vs FC東京 (3-2) @ 横浜国際総合競技場
写真は試合を前半で決定付けるゴールとなったFマリノスの3点目のシーンである。
FC東京の公式サイトの戦評ではこのように解説されている。
FC東京戦評
>44分、中盤で右サイドの佐藤を壁にワンツーでかわした遠藤がゴール前に突進。アマラオが追いかけ、浅利とジャーンで囲んでボールは奪えるはずだった。だが3人のDFはするりとかわされ、遠藤は土肥と1対1。そしてゴール真正面からのシュートを決められ、あっという間に3対1になった。
ところで写真を見て気が付くことはないだろうか?
何故ワントップであるアマラオがこの位置にいるのだろうか?
実は遠藤が最後にドリブルでかわしたのはジャーンでも浅利でもなく、FWであるはずのアマラオだったのだ。
この失点シーンを生み出した原因は主に2つ。そしてそのうち1つはFC東京のプレースタイルと深く関係している。
(1)スタイルの問題
FC東京は現監督である原氏が就任してから一貫してスペインのクラブチームが用いる方法論を徹底してチームに植え付けてきた。
概してそれはチェック&カバーを基調とした攻守において積極的なサッカーと言うことができる。
FC東京はCBですら流れの中で攻撃参加を行う、Jリーグの中では極めて稀なプレースタイルと言える。
守備時にも個人個人がしっかりと相手のマークを行い、そこでも積極的なディフェンスを見せている。
以前、スペインリーグのディフェンスの特徴について書いたことがあるが、当然FC東京の攻撃や守備にもこれと共通する部分が多い。
Jリーグの受動的なディフェンスに比べ、スペインスタイルのサッカーは激しいチェックの前提としての高いカバーリングの意識が必要になる。
実は通常は考えられないアマラオのこのポジショニングはこのカバーリングの意識がもたらしたものなのである。
このスタイルではチェッカーの最寄のプレーヤーがそのカバーリングにあたる。
1つの局面だけを考えるならばアマラオがこのポジションにいる道理はないのだが、これが”流れの中で”となると話は別だ。
この直前のシーンではアマラオはサイドのプレッシャーに参加していたのだ。
実際の流れを整理する以下のようになる。
ディフェンスラインへのプレッシャー
↓
サイドへのプレッシャーに参加
↓
引っ張られたDFとボランチのカバー
↓
DFラインに入りこみ”最終守備者”となる
ここまで極端なシーンは本場のスペインリーグでもお目にかかることはない。
FC東京の積極的すぎる守備と、カバーリングを信頼しすぎたチーム全体の意識の問題が見え隠れする。
(2)ゾーンディフェンスの構造上の問題(その1)
横浜 遠藤のコメント
>あの点で決まったという感じでしたね。リスクをおかしてもどんどんやっていくことがああいう結果につながるんだなと感じました。正直「抜けちゃった」という感じでした。逆に囲まれた時の方がああいう風に抜けることがあるので、取られてもいいやと思ってやりました。
これはゴールを決めた遠藤の試合後のコメントだ。
確かにゴールを上げた遠藤はジャーン、浅利、アマラオの三角形の中におり、少々難しい状況にいた。
だがコメントにもあるように人数をかけて囲まれているときに限って、こうして「抜けてしまう」ことは多い。
このように人数が多いと起きるのが「実際にその選手をマークしているのはだれなのか?」という問題である。
「マークがぼける」とも言うが、この状態になると相手への反応は、人数が少ない場合のそれよりも相対的に鈍くなる。
何故ならマークがハッキリない状態でその場にいる全員が同じように反応してしまうと、
味方同士が邪魔しあうだけでなく全体のバランスが悪くなってしまう。
仮にフェイクなどのアクションに対して同じように反応した場合、
相手にしてみれば3人いても1人いてもかわらないような状況ができることはよくある。
そういった理由から現実には味方の反応を一瞬伺って、その瞬間に自分の役割をある程度振り分け、それに沿った対応を行うためどうしても対応は後手気味になる。
当然、最初にアクションに反応するべきはボールホルダーのマーカーである。
だがゾーンディフェンスを基調とした現代のサッカーでは試合を通じての特定のマーカーのいないために、
こういった狭い地域と多人数での咄嗟の状況判断に支障をきたす場合がままある。
(3)ゾーンディフェンスの構造上の問題(その2)
ゾーンディフェンスの本質である”マークを受け渡す”こと自体にも大きな問題がある。
このシーンではジャーンが引っ張り出されたとき、そのカバーリングに行ける可能性があったのはアマラオと浅利だった。
だが流れの中でカバーリングを繰り返していたアマラオはジャーンのカバーリングに最も早く対応してしまった。
試合の映像ではアマラオがカバーリングしたことで、(おそらくアマラオよりもディフェンスが上手な)浅利がたじろぐ姿が映されている。
問題になるのはカバーリングや受渡しは人から人ではなく、地域から地域というポジションに依存しており、
相手がFWでもMFでも関係なく受け渡さなければならないということだ。
マークを頻繁に受け渡すといいうことは、ある意味では守備者同士の相互交換が可能であるということを意味している。
AからBにマークを受け渡せるのはBにAとさほど遜色ない守備力が備わっているという前提があるのだ。
それが成り立たない状況でマークを受け渡してしまうとディフェンスの組織自体が成り立たないことになる。
ではこのシーンではどうだっただろうか?
ディフェンス同士の相互交換がなりたっていただろうか?
否、成り立っていないのである。
AがジャーンでBが浅利であればそれは可能だったのだろうが、アマラオとではさすがに大きな差がある。
もしアマラオがいなければ、浅利はジャーンのカバーリングをするだけに十分すぎるほどの時間的余裕があった。
遠藤のドリブルがJリーグNo.1の守備力を誇るチームをズタズタに引き裂けるほど素晴らしいものとはどうしても思えない。
アマラオがあそこまで下がらずに浅利がカバーリングをしていれば、あの得点はおそらく生まれてはいなかったのだ。
- ■マークの相互交換と守備者のディフェンス力の違い
マークを受け渡す前提条件としての相互交換の法則はサッカーの基本であると同時に色々な場面で顔をのぞかせる。
例えば次のようなシーンではどうだろうか?
sportiva 2003.12<「ドーハの悲劇」もうひとつの悲劇>より抜粋
<森保>―――「最後の失点もカズさんがショートコーナーに出て行ったとき、僕は空いていたんです。
僕がもっと早くカズさんのところに行っていれば・・・、サポートに行っていれば・・・
あと2m、いやコンマ何秒か、自分が早く動いていれば、あのクロスは自分に当たっていたと思うんです。
多分じゃないです。あのクロスは僕の頭上を通っていますから。そういう思いは今でもありますね。
僕はイラク戦のビデオを見られません。あのシーンを見ると、涙が出そうになるんで・・・」―――
スポルティーバには書かれていなかったが、以前森保がインタビューを受けた記事を読んだことがある。
そこではコーナーキックのショートコーナーの警戒には森保があたることになっていたというものだった。
あの場面がショートコーナーを行う場面でなかったことは次の言葉からも確かだ。
<吉田>―――「あの時間帯で、もう時間がないなら、普通はダイレクトでいれてくる。ダイレクトだったら、クリアして逃げ切れた。GKを上げるなら分かるけど、何で、あそこで・・・。ショートコーナーが信じられなかった」―――
先ほど示したFC東京の例ではないが、マークを受け持った以上は本来のマーカーと同じだけの守備ができる必要がある。
もしあそこで森保がショートコーナーの対応に行っていたら、センタリングは上がらなかったかもしれないし、本人の言うように結果は違っていた可能性はあるのだ。
次に挙げるのは現在日本代表で行われているマークの受け渡しに関する特異な事例だ。
- ■マークは”受け渡さなければならない”という事実
ゾーンディフェンスである以上、マークは必ず受け渡さなければならない。
しかし受け渡した先が必ずしも守備の名手という訳ではないのもまた事実であり、
日本代表での三都主のプレーにはそれがまざまざと表れている。
現在三都主は日本代表のレギュラーLBとして出場している。
今更隠してもしょうがないので白状するが、彼のディフェンスは酷すぎる。
だが関心を寄せるべきは三都主とマークの受け渡しを頻繁に行うはずの左CBの方だ。
現在はトルシエジャパン唯一の遺産である宮本が、その巧みな守備によって大きな穴をカバーして見せている。
より正確に言うならば、この左サイド側ではマークは一切受け渡していない。
(別の意味で右側でもマークの受け渡しは滞っているのだが、それについては代表レポートの方を参照していただきたい)
何故なら三都主は守備時にはDFラインにいない場合が圧倒的に多いからだ。
これではマークの受け渡しどころの話ではない。はっきり言ってしまえば”邪魔”だ。
変わりに行われているのが、三都主を囮にした宮本の巧みなカバーリングだ。
どういうことかというと、現在の代表での三都主のポジショニングはボランチのちょうど左横であり、”システム風”に言うならば4-4-2というよりもむしろ変則の3-3-2-2のような形になっている。
常識的なペアによる組織守備が期待できない以上、通常よりも高めの位置に三都主がいるということには大きな意味がある。
その場合、宮本のカバーリング選択肢は大きく2つに分かれることになる。
(1)相手が三都主の後を狙ってきた場合
これについてはアフリカのチームよりも低いラインと1人余るディフェンスを生かし、なるべく裏のスペースを与えないようにすることに尽きる。(むしろこの状況でディフェンスラインを上げることは自殺行為)
さすが”ラインの裏を取られる”ということをおそらく日本で一番理解しているDFなだけに、その読みの鋭さは他の追随を許さないものがある。とにかく相手にボールを触らせないようにすれば、守備はまずくとも足だけは早い三都主の戻りをある程度期待できる。
(2)相手が三都主の前で勝負してきた場合
三都主の守備力の低さは国際レベルを大きく下回っている。
そのため相手が世界的には平均レベルのドリブラーであるババンギタ相手でも信じられない抜かれ方を連発する。
もしこれが”抜かれない”という前提で構築された組織守備であれば、ディフェンスは全く成り立たなくなるところであるが、
逆に”必ず抜かれる”という前提に立てば(迷惑千万ではあるものの)抜かれることそれ自体にさほどの驚きはない。
それを証明するように三都主が抜かれたあとの宮本のカバーリングは見事なものがある。
まるであらかじめ抜かれていることがわかっていたのではないか?と思えるほどの読みとスピードで相手のボールをカットする。
先日行われた代表の試合では宮本の変わりに中澤が入っていたが、個人の強さは見せていたものの彼が宮本ほど巧みなカバーを行えていなかったのも事実なのだ。
(3)三都主のディフェンスラインに”吸収”された場合
一方、三都主がもしディフェンスラインで守備をしようものなら大変な事態になる。
先ほど言ったように、マークの受け渡しが発生してしまうのだ。
それによる弊害はコンフェデの対フランス戦での失点シーンに全て集約されている。
相手のロングフィードを受けようとLBの前を斜めに走りこんできたFWに対してのマークは三都主が付くはずだった。
しかし相手の足が速く、簡単に追いつけないと見た三都主はディフェンスラインの手前で突如失速、相手をフリーな状態にしてしまった。
三都主の感覚としては追いつけないために、既に他のゾーンに入ってしまったFWは「CBにお任せ」といった感じだったのだろうが、
CB2人の死角から全速力で飛びこんでくる黒人FWのスピードに対応できるわけもなく、あっさりと得点を許してしまった。
マンマークからゾーンを用いるディフェンスによりチーム全体に生じた問題の多くが解決された。
しかし効率的になったマーキングのおかげで、これらのゾーンの境目に集約する新たな問題を発生させてしまったこともまた事実なのだ。
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