コンフェデレーションズカップの予選敗退以来となる今回のキリンチャレンジカップ対ナイジェリア戦。
戦前からジーコの進退をかけた戦いとも言われ、ホームで結果を出すべく既にシーズンインしている海外組の選手を
多くの危険を犯して召集するという策まで打って出たジーコ。
それに対しナイジェリアは代表の召集メンバーの平均年齢が23歳以下で、
前日までに来日した選手はたったの12人、当日に合流した3人と合わせて15人とほとんど初顔合わせのメンバーも多かったために
チーム力は低いものであることが予想された。
これだけ有利に条件が揃えば、今回ばかりはどんな言い訳も効かないであろう。
ジーコに課せられた目標はまず勝つこと。そしてこの相手では当然、老練な試合運びと共にその内容の良さが求めたはずだった。
ここでの分析は代表戦の試合時間とリンクさせてあるので指定時間(前半戦)のシーンをもう一度だけ見直していただきたい。
『日本代表(4−4−2)』 『ナイジェリア(4−3−3)』
高原 柳沢 イケカル エクウェメ ババンギタ(弟)
中村 中田
アクウェヴ エコング オロフィンジャナ
稲本 遠藤
三都主 宮本 坪井 山田 エナカハイヤー イズアガ ソジェ オビエ
曽ヶ端 エタフィア
■守備の問題
このメンバーで戦うのもかなり長い。
かつてジーコは「チームの基礎は80%出来ている」などと言ったが、それが欺瞞に満ちたものであることがこの試合では明らかになる。
この試合での戦術的な問題は多岐にわたり、そしてその多くは前半戦の日本代表の戦いぶりに象徴されていた。
(1)稚拙なビルドアップ
まず気になったのはディフェンスのボール回しやビルドアップがかなりお粗末だということだ。
この試合でのナイジェリアのシステムは4−3−3で、前線からは3人の身体能力あふれるFWが
常にディフェンスにプレッシャーをかけるため、後でのボール回しには相当に気を使う必要がある。
事前の対策は不可欠なものであるが、日本のボール回しにはそういったものは感じられなかった。
通常、相手が2トップであれば、左サイドがプレッシャーを受けて逆サイドまで順番につないでもさほど問題になることはない。
だがこの試合では相手選手との関係上、それだけで相手のボールマークが外れることはなかった。
むしろ逆サイドのボールが回ってきたときにマークが外れていないことに驚いているようにすら映った。
こういう場合、大抵はボランチがまずサポートにいく。
この試合でもそれは行われていたのだが、例えば14分のプレーでは稲本がボールをもらいに来ても、
4人のディフェンダーが完全にフリーズしてしまって相手のプレッシャーが外れていなかった。
後向きでプレッシャーを受けながらボールを受けた稲本はパスを出す所がなくなってしまい、危なく相手に取られるところだった。
ディフェンスのビルドアップにはシチュエーションをパターン化して先回りで対応するようなチームの方針が必要だが、
そういうものが全くないのがこのワンプレーでわかる。
ディフェンスラインがボールを回すのを見て観客席からため息がでるのも当然といったところだろう。
ディフェンスから組み立てが出来ないことが攻撃の不出来に少なからず影響を与えていたことも添えておく。
(2)三都主のマッチアップ
ディフェンスの問題はまだまだ続く。
次に問題だったのは日本の左サイドの三都主、つまりナイジェリアの右サイドのババンギダとのマッチアップだ。
正確にはわからないが、簡単に数えただけで三都主はババンギダに4回はぶち抜かれている。
しかもそのいずれもが決定的なピンチに結びついている。
三都主の攻撃的なオプションは現状のチームにあって重要な位置を占めつつあるが、
はっきり言ってこの守備力では得点するより失点する確率の方が遥かに高く、彼が毎試合得点するくらいではないと釣り合いが取れない。
そもそもあれはディフェンスと呼べる代物だはないだろう。逆サイドの山田もディフェンスも守備がすごくうまいというわけではないが
ちゃんとディフェンスになっているという意味で三都主のそれよりは遥かにましだ。
(3)野放し状態のチーム方針
チーム戦術に全く統一感がないのも問題だった。
それがよく現れているのが、前半2〜3分のプレーと前半18分の2つのプレーだ。
まずは前者のシーン。坪井と山田のマークの受け渡し方の問題がよく現れている。
坪井がマークしているCFにロングスローが入ったところからシーンは始まる。
ボールを受けたCFは左に流れながらキープしようとする。
その間に山田は坪井の右斜め後にポジションを取りCFの縦のマークを坪井から受け渡してもらおうと待ち構えていた。
だが坪井は山田を無視し、しつこくCFの縦を切りながらマークをし続けて相手を放そうとしない。
その間にスペースの不足を感じたLWGが内へ絞るポジションを取り始めると、
坪井のプレーに意思の疎通を感じなかった山田は仕方なく、ちょうど坪井を中心とした不自然な180度の円運動によりLWGのマークついた。
この場面は結果的に坪井のファールとなったが、もし坪井が抜かれていたら危険な場面を迎えていただろう。
そもそも坪井と山田がうまく連携していればファール無しで止められたはずだ。
これはディフェンス間のシチュエーション毎の役割分担が出来ていないことを端的に示している。
坪井と山田は同じチームで代表での役割もほぼ同じであるので時間がないとか慣れていないなどの言い訳は効かない。
そうは言っても、実はこのシーンだけではさほど問題になるとは思っていなかった
確かに対応に問題はあるが、CFの動きに危険を感じた坪井の状況判断であったかもしれないし、現実の試合ではあういうスイッチをしない方がいい場合もある。
それに坪井のマーク自体もタイトであり、それなりにしっかりと守っていたように見えた。
だが18分のプレーを見て考えが変わった。やはり先ほどのプレーはダメだったのだ。
その場面は同じく日本の右サイドでのプレー。
まず山田がついているLWGがボールを持ちながら内に絞ると、空いた右のスペースに走りこもうとするLHに稲本がすかさずマークにつき押さえる。
次にLWGはLHにパス、LHはダイレクトで後に控えていたLSBにパスをした。
問題になったのはここからのプレーだ。
再び縦に抜けようとしたLHのマークを何を思ったのか稲本が突如ぼかしてしまう。
LHはがら空きになった右サイドのスペースに走り込み、LSBからグラウンダーのスルーパスが出てしまった。
稲本もボールが出てからそれに気がついたがもう遅かった。幸い、スルーパスはタッチラインを割り事無きを得たが、通っていれば決定的なシーンになったのは間違いない。
ここで問題だったのは稲本がマークをぼかしたことではない。そもそも稲本がそう簡単に自分のマークを外してしまうとは考えにくい。
では何故こういう事態を引き起こしたのかというと、それはDFとMFのディフェンス方針に違いがあったためだ。
稲本はイングランドのプレミアリーグに所属している。
そこでMFを務めるということは4−4−2フラットラインの完全なゾーンディフェンスに対応した守り方を自然と取っているのだ。
それに対して山田や坪井は伝統的な浦和レッズのマンマークディフェンスが体に染み付いているためにスペースを埋めるのではなく、
一度付いたマークをなかなか放そうとしない傾向がある。
稲本が前後左右に頻繁にマークを受け渡す複雑だが効率的なディフェンス方法に慣れているのに対し、
山田や坪井が体力全般の優位性を生かしたマンマークに慣れていたことがこういった事態を引き起こした。
つまりあのサイドのスペースは稲本は山田がカバーしているものだと思い込んだ。
逆に山田はLHのマークは一度稲本がついているのでその後も当然稲本が対応するものだと思い込み、LWGのマークをし続けたというのが本当のところだろう。
マンマークか?あるいはゾーンマークか?といった基本的なチームの守備戦術に関するルールが、チームの発足から1年以上たったにも関わらず全く決まっていないことは問題であるし、監督やコーチの責任を説いてもいいと思う。
ディフェンス戦術の整備が必要なことはこんな試合の前半戦だけを取ってもすぐに気がつくことだ。
確かに3トップに対する4バックの対応を考える場合、マンマーク的なものが求められる場合もあるだろうが、
この場合は通常ゾーンマークで望む4バックでマンマークディフェンの対応をさせているコーチ陣の問題を言及しないわけにはいかない。
更に言えば、日本のディフェンスの布陣が整ってから完全に崩されたというところにも問題がある。
つまり極論すれば、今の日本は”ただ相手が漫然とボールを回しているだけで守備のスキが生まれる状態にある”ということだ。
例のシーンもおそらく守っている選手達は一瞬何が起こったのかわからなかったに違いない。
「なぜフリーの選手がいるのか?」守っているはずなのにつかみ所なく簡単に崩されてしまったからだ。
(4)機能しないプレス
次は中盤で生じたプレスの問題について言及していく。
象徴的だったのは前半38分のプレー。
ナイジェリア陣内でディフェンスがボールを持ったところからそのシーンは始まる。
まずはFWのチェックが甘く2トップが棒立ち状態に危険を感じた中村が、
たまらず中盤を飛び出し相手のボールホルダーのLSBにフォアチェックに向かった。
次にその動きを見た遠藤が中村に連動するように、パスコースの1つである相手のボランチのケアに向かいパスカットを狙う体勢をとった。
しかし遠藤と中村がプレスをかけたことで生じた中盤底の大きなスペースを生かすように、CFが下がってきたところにLSBからの狙い済ましたクサビのパスが直接入ってしまう。
ディフェンスラインから対応に向かったのは宮本であったが、CFがダイレクトで前向きのMFに渡してしまったために、素早く詰め寄った稲本の反応も全く無効のものとなってしまった。
ボールを受けたMFはこれもダイレクトで、今度は宮本のちょうど裏であるラインの後方に浮き球を出し、DFラインの中に入りこんでいたババンギダが飛び出す。
坪井のカバーも曽ヶ端の飛び出しも間に合わず、そのままダイレクトシュートを打たれてしまう。
ここでもやはりこちらが守備組織を整える十分な時間があったにも関わらず、
今度は相手陣内の奥深くから攻撃の起点を作られ、まさに完璧に崩されてしまった。
この危険なシーンを生み出した直接の原因は前線から中盤にかけてのルーズなフォアチェックの甘さにある。
イタリアでシーズンを過ごす中田や中村には前線からの守備は生命線であるこがよく理解できているようで、
ピッチ上のどの選手よりも高い守備意識を持ち続けていた。
それに比べ、この試合での高原と柳沢の守備意識の低さには驚かされるばかりだ。
守備をし過ぎて点を取れないのも問題だが、守備をしないで点が取れないのはもっと問題だ。
だがそれは根本的な原因ではない。
原因ははやり“誰が何処でどのようにプレーシャーを与えるのか”ということが全く明確になっていないところにある。
だからこそOHがわざわざ相手の深い位置までプレスに行ってしまい、その結果中盤のバランスを欠くことになったのだ。
■攻撃の問題
(1)モビリティーの欠如
日本の得点について全て相手のディフェンスラインのミスが絡んでいるので正当な評価は難しいことをまず言っておく。
ポイントとなったのは組織力が低いにもかかわらずナイジェリアのラインが非常に高かったというところにある。
日本はどんなに攻めてもハーフ付近までディフェンスラインが上がるシーンは見られなかったが、ナイジェリアには頻繁にそれが見られたということだ。
攻撃全般に関して言えば、モビリティーがなさ過ぎるのが問題だった。
チームの攻撃を機能させるポイントとなるのはポジションチェンジとモビリティーだ。
日本代表には頻繁な前後左右の前線や中盤だけのポジションチェンジはあっても、モビリティーがないために相手のマークを決定的に外すことが出来ず、相手のゾーンディフェンスの中で窮屈にプレーしている。
ここでいうモビリティーとは攻撃の活動性、オフザボールのフリーランに代表される相手の守備網やスペースをつくスピーディーな動きにより、ポジション間の圧密度の変化を促すプレーのことだ。
そもそもこのチームあまり走れる選手がいないために、スペースを突ける選手がいない。
山田も三都主も足は速いがスペースを積極的に突くといったタイプではないし、チーム自体にそういう意識自体がないのだ。
そのため日本の攻撃のピッチを狭くしか使えず選手のプレーエリアが中央にかたまりすぎている。
それもその通りで、中央のプレーが得意な選手ばかりが配置されているし、典型的なサイドプレーヤーというものがいないためだ。
あれだけしスピード感のない攻撃で中央からばかりの攻めだとかなり守りやすい。
何せディフェンスがサイドに引っ張り出されることがほとんどないためマークが非常にずれにくいと言える。
(2)ボランチの過剰な攻め上がり
なぜ日本にはモビリティーが発生しなかったのか?
それはサイドの攻撃を引き出せていなかったからなのだが、では何故サイドの攻撃を引き出せないのだろうか?
チームの意識のほかにも原因があるとすれば、その1つとして上げられるのがボランチの過剰な上がりである。
ジーコは常々「ボランチのどちらかが上がったらどちらかは引きなさい」と
今時の小学生でも知ってることをわざわざ記者会見の席で言っていたが、
この試合ではどちらかが必ず上がっていったために攻撃時のバランスが悪かった。
通常はSBの裏をケアするのはボランチかもしくはCBがスライドして間にボランチが下がるのが最も効率がいいはずだし、
攻撃的なSBを要するチームは大概そうした対応を取っている。
だがジーコジャパンではボランチのそう言った対応がほとんど見られない。
サイドバックを引き出そうという意識がチーム全体に欠けているのに加え、
ダブルボランチに稲本などの攻撃が好きな選手がいることで、そういった本来行われなければならない
ローテーションのカバーリングの円運動に参加できるボランチがたった1人ということになる。
『日本のSBのカバーリング』 『通常のSBのカバーリング』
● ● ● ●
● ● ● ●
●
↑ ↑
○ ● ○ ● ←●
←○ ←○ ←○ ←○ ↓ ○ ○
● ●
中盤底のケアは下がったままのボランチが行っているので、
実質的にはこのワンボランチがディフェンスラインのカバーリングに参加することができない。
しかも攻撃に参加したボランチが前方中央の狭いスペースをより一層狭くしているので、
SBの上がるタイミングやスペースを消してしまうおそれもある。
ボランチが守備に追われるため積極的な中盤底からの展開も少なくなるだろう。
ただ攻撃に参加すれば攻撃がうまく回るわけではない。
本当にサイドの上がりを引き出したいのならボランチの上がりはもっとタイミングを見計らって行うべきだ。
1人は中盤の底をケアして、1人はSBのカバーリングを行い、その間にSBの上がりを引き出すべきだったのだ。
(3)左サイドに頼った攻撃
説明は不要だ。
いくら何でも日本の攻撃は左サイド一辺倒で全く変化が無かった。
右からのクロスが上がった回数は2、3回ほどでどれもチャンスにはならなかった。
サイドチェンジのパスがただの1本もなかったし、攻撃の展開のために逆サイドを使うという意識もなかった。
その左サイドですらせっかく上がった三都主を使う意識も低い。もちろん三都主がボールを持ってドリブルするとプレーの流れが止まるという癖があるために、簡単にはボールを預けにくいという部分もあるだろうが。
そんな中、数少ない良かったシーンを挙げるとすれば、例えば前半23分のプレーなどが挙げられる。
久々に出た三都主からの正確グラウンダーのクサビに対し、柳沢が相手左サイドの深い位置に走りこみ起点を作った。
このことで相手のDFラインを一気にペナルティーエリアまで押し下げることに成功すると、
後方からヘルプに向かった中村にパスし、それを中村がダイレクトでディフェンスラインの前の大きなスペースに放りこむいい形を作った。
相手の守備組織のレベルが低いことは、ライン前のカバーリングが遅いことからも良く分かる。
ついでに言えば日本の組織的な2列目からの飛び出しがうまくいってないことも示している。
また三都主の攻撃も試合を重ねる毎に少しづつではあるが良くなっている。
中村が左サイドに開けば三都主が絞って上がってくることは覚えたようだし、左サイドを起点とした中村か三都主の精度の高いセンタリングがほとんどのゴールを演出している。
一方で散々ボールを回すが、結局は左サイドの放り込みから点を取っているともいえる。
■チームとしての問題
(1)遅すぎる成長のスピード
正直に言わせてもらうと、1年経ったチームの組織力がここまで低いとは思わなかった。
例えばマリノスのように日本代表と同じ4−4−2を使ってもたった3ヶ月で完成度の高いチームを構築することも可能だ。
チームとしての完成度だけ見れば、今はマリノスの方が遥かに上だ。
それはその週にあったサブメンバー主体の土曜日の試合を見てもわかる。
これだけははっきりしているが、今の日本代表に”慣れ”はあっても”連携”や”戦術”はない。
ジーコがその言葉通りに戦術や約束事を構築するつもりがないならば、それは100%成功していると言っていいだろう。
(2)今後の課題と改善点
今回の試合を分析していくと衝撃的な事実がいくつも見つかり、大変憤慨している。
こういうと怒る人がいるかも知れないが、これ以上このチームを人前にさらすの恥ずかしいことだと思う。
昨日、マリノスの試合を見ていてそう思った。
ジーコのチーム作りや戦術はまさに神の所業そのままに人知を超えたところで展開されており、我々凡人の常識が通用しないようだ。
従って仮に私がどんなに論理的にチームのテコ入れの仕方を真剣に考えたところで、それが実行されることはおそらくないであろう。
改善点を示さない批評は批判のための批判にしか成り得ないとどこかで読んだ気もので、仕方なくいくつかそれを挙げることにする。
まずやることは三都主を外して新井場を入れることだ。
新井場の攻撃力がどれだけ三都主に迫れるかは未知数だが、これだけで平均失点が1だけ減らせることは確実なので、
それがたとえどんな監督でも迷いなくやるはずだ。
それがいやならば、あの守備力のなさをカバーするほど彼が得点を量産するか、一か八か魔法のような守備方法をジーコが考え出すしかない。
次に取り組むのは中盤の役割分担を明確化させること。
今まではあまりに酷いディフェンスラインの守備にばかり注目が集まっていたが、
パラグアイ戦以降はそれも安定の兆しがあるので、次に改善すべきは今まで散々甘やかしてきた鈍い光を放つ中盤の方であろう。
前述のようにそれによってサイド攻撃が引き出され、モビリティーが生じ、プレスもある程度機能しだすことは明白であるからだ。
システムを変えるのは最後になるだろう。
個人的には3バックのほうが日本代表に適していると思うが、だからといっていきなりシステムを変えてしまうのには選手が戸惑う恐れがある。
それでは誰かと同じになってしまうので、やはりこの方法は最後の手段ということでいいだろう。
選手にある程度今のシステムの限界を実感してもらうためにもこの方法は有効であると思う。
だがやはりこういったことが行われることは金輪際ないのであろう。
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