■「オマーンは如何にして日本を押さえたのか?」(2004/02/22)  〜ワールドカップアジア1次予選:「日本代表×オマーン代表」〜

WCUPアジア1次予選の開幕戦。
先発メンバーの平均年齢が20.3歳、加えてGK以外は全員がアマチュアというオマーンの”ユース代表”に、日本は1対0で辛勝した。

もちろん日本の選手には風邪で3人も39度の熱を出したものがおり、全体のチーム練習がたったの15分であったこととこの結果は無関係ではないだろうが、 それを考慮してもなお両国の選手の実力差は明らかだったはずだ。しかし、実際に行なわれた試合はそうはならなかった。

日本が苦戦したのには何故か?
今回はオマーン代表監督であるチェコ人、ミラン・マチャラ監督の対日本戦を想定した戦術と戦略について分析する。
この作業から今後アジアの各国が行う対日本戦略、加えて日本代表の抱える弱点が少なからず見えてくるはずだ。

■両チームの布陣
 <日本の先発メンバー> |  <オマーンの先発メンバー>
    柳沢 高原    |   マイマニ  ホスニ
                          |   ムハイニ  ドゥールビーン 
   中村   中田   | ガイラニ      プサイディ
    遠藤 稲本    |      ジャンダル
三都主 宮本 坪井 山田 | ナウファリ ヌーベ ラカディ
      楢崎      |       ハブシ
日本は4-4-2ボックス型のいつもの布陣。
欧州から帰国した直後でまだまだコンディションの上がらない中田・中村・稲本・高原、風邪を引いた数人の選手らを惜しげもなく投入し、 これらの多少のハンデは実力差でカバーさせるつもりのようだ。

対してオマーン代表は3-5-2の1ボランチの布陣。
オマーン史上初のプロサッカー選手であり、現在ノルウェーリーグで活躍するGKハブシを中心に、中東伝統の硬く粘り強いカウンターと老練な試合運びで金星を狙う。

この試合オマーンは1ボランチであった。
1ボランチというと、普通は比較的攻撃的なチームが採用する戦術だ。
おまけに3-5-2の1ボランチという布陣は、守備にかけられる人数を確保しにくいため、現在は全く使われないシステムといって差し支えない。 相手にプレッシャーを与え続け、まず中盤で優位に立とうとする現代のサッカーにおいて、中盤で守備的な働きをするボランチのタスクはかなりのものになる。 そのため通常はボランチに選手を2人配することで、それらの守備の負担を軽減させる場合が多い。 そのボランチが1枚であるということは、この極めて高度な役割をマチャラ監督は1人で行なわせるつもりなのであろうか?

バランスを保ちにくい布陣をあえてとってきたマチャラの意図はどこにあったのだろうか。

■オマーンの基本方針

(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)
図はオマーンのディフェンスのバランスがよく表れたシーンだ。
3バックは完全に2ストッパー1リベロの形をとり、ギャップを形成しながらもFWのマークを外さないことに主眼を置いている。

例えばサイドの守備の試みはなかなか面白いもので、 通常SHだけであたるサイドの守備は、攻撃的な前目のMFのうちボールサイド側の選手を下げさせることで、常に数的優位を作れるようにしている。

相手である日本のボールの引き出しの動きは、MFやFWがサイドで行なっているパターンがほとんどであり、また攻撃のオプションもSBのオーバーラップのだけであるので、 まずはサイドのスペースを有効に活用させないために、あえて中央ではなくサイド側に人数をかけるような守備方法をとったと考えられる。 中央に関しては、リベロが余る3バックにすることで、肝心のゴール前での数的有利を作り出しており、局面で破られた場合の対応が練られた布陣である。

問題となるのは1ボランチのポジショニングだ。
DFの前に張り付いて、相手の攻撃をうまく受け流すこのポジションはよくアンカーと呼ばれる。 通常アンカーは通版の広いスペースを埋めたり、プレスに参加することはできあい。なぜならアンカーはDFラインに張り付いていることではじめてその効果を発揮するからに他ならない。 オマーンの場合、アンカーポジションが存在するため、ボランチ(アンカー)がケアできない中盤のスペースを埋めるのは、前目のMFや時にはFWが下がって行なっている。

だたし、この布陣自体は総合的に考えるとややバランスを欠いている。
これは明らかにマチャラ監督が、対日本を想定した特殊な戦略的な守備陣形であろう。
しかし、アンバランスな布陣は日本の攻撃に対して絶大な守備力を発揮することになる。

■守備時の共通意識
この試合を見ていくとオマーンの守備には幾つかの共通理解があったことがわかる。

・「縦のボールには厳しく行き、絶対に楔を入れさせないこと」

(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)

確かに基本的なことではあるし、どのチームでもやっていることだと思うかもしれないが、予め練られた意図と戦略のもとでその強度を強くしていくことは十分可能だ。 オマーンはFWやMFにややマンマーク気味でタイトな守備を行なっていた。 図にはオマーンの楔への強い警戒心がよく現れている。 最初は中村が引いてきて楔を受けようとしたものの、ディフェンスの寄せが厳しく途中で諦めた。 次に柳沢が同様のプレーを試みるが、やはりここもオマーンの守備が上回りパスを出す隙がない。 オマーンは試合を通じて、日本のパスコースを限定し攻撃を組み立てさせず、苦しいタイミングで出されたパスを体を入れ替えボールを奪うシーンがよく見られた。

・「サイドで数的有利を保ち、スペースを生じさせない」

(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)

先に挙げたように、中盤でうまく連携することで基本的にサイドの数的有利を保っていることはわかるだろう。 一方で、オマーンの前への意識が非常に高いことから空き気味になるサイドの裏を日本が狙ってくることは十分考えられ、 実際に日本代表のそのような攻撃の狙いを示しているが、それに対してオマーンは更なる対策をうってきた。

図は前半1分の場面で、遠藤が三都主のサイドの裏へボールを送るシーンである。
これを見てもわかるように、日本の中盤の低い位置からサイドをつくボールに関してはリベロのヌービが警戒を行なうような約束事が確立されていた。 この場面では、結局サイドで三都主がボールを持ったものの、コーナーに追い詰められボールを奪われており、正にオマーンは想定どおりのプレーを行なっていた。


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)

日本が同じようにサイドの裏を狙ってくるシーンがこの試合では何度も見られた。

前半7分の中村がサイドに流れてパスを受けようとしたプレー。
前半33分の中田が左サイドに流れてパスを受けようとしたプレー。
後半開始直後の再び三都主がサイドに流れてパスを受けようとしたプレー。

しかし、それらの全てはリベロのヌービのすばやい判断からのカバーリングによってことごとく防がれている。この試合のMVPは間違いなくこのヌービだろう。 こういったプレーが予想されたものであり、マチャラ監督がそういった策略を練って選手に反復して練習させていたことは言うまでもない。 1つ付け加えるならば、DFラインから離れたリベロのカバーリングをすぐ前のアンカーが行なっており、FWの押さえるDFの3人の関係が崩れることはなかった。

・「相手がボールを回し出した場合、高い位置でボールを奪う」

(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)
日本はゴールまでのアプローチに多くの手数をかける。
そのため相手に戻る時間を与え、相手ゴールを中心に外周を撫でるようにパスを回していく。オマーンが狙ってきたのは、日本が一度サイドに押し込んだボールを再びセンターライン近くまで戻して攻撃を組み立てなおそうとする瞬間だ。 そのため狙われたのは中盤の低い位置にポジションをとるMFであった。

上の図はそういったオマーンの戦略によって日本がボールのプレッシャーを受けるシーンである。ここではサイドからのボールを受けた遠藤が隣の稲本にボールを預けるのとほぼ同時に、MFの死角からボールにプレッシャーを与えている。 この場面では稲本が冷静にボールを裁いて事なきを得ている。

右のシーンも全く同様の意図が見られる。
サイドに一度ボールを振るも、相手にコースが塞がれており中田にボールを戻して中央に向きなおしたシーンで、 タイミングよく飛び込んできたFWにボールを見事に奪われすばやくカウンターへ移行されている。 中田がこういう奪われ方をする場面は、ディフェンスが厳しいセリエAでも滅多に見られない。 これらのオマーンの戦術が予め日本を想定して練られたものであることは明白だった。

■攻撃時の共通意識
次はオマーンの攻撃時の幾つかの共通意識について挙げていく。

・「中央でボールをまわさず、サイドの裏を突いていくこと」

(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)

図のように、オマーンの選手は中央とサイドに2つのパスの選択肢があるにもかかわらず、プレッシャーのかかっている狭いサイドの方を、それも連続的に選択している。 周りの選手が走りこむのも中央ではなくサイドであり、中央にいる選手もわざわざ一度サイドに開いてから裏に走りこんでパスコースを作る。 こういったサイドを使う攻撃はカウンターのときであっても変化することはない。 これは伝統的な中東の攻撃の特徴であると同時に、日本代表の攻撃的なSBの裏を狙う意図がある。 試合中のマチャラ監督の「三都主の裏を突け」の指示にも、それはハッキリと現れている。

・「カウンターではゴールに近い選手を使い、そのサポートも早くすること」

(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)

当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、これをきちんとできるチームは少ない。 これもカウンターが得意な中東の伝統的な攻撃の性質と言えるだろう。

図はそういったオマーン攻撃が機能した良い例だ。
一度ボールを奪うと、相手の中盤を一気に通り越してFWにボールを送る。
FWが前を向けないことを想定し、そのサポートにMFいち早く向かう。
FWが後ろを向いたこの場面で、日本は取り合えずカウンターは治まったと勘違いをしてしまっている。

中東のカウンターは独特で、深い位置から多くの人数をかけて行なわれているため、ゴール前に走り込む時間差のある”余韻のあるカウンター”を使ってくる。 実際この場面でも、ボールのスタート位置と平行に並んでいた選手が最後にトップスピードで日本のゴール前に走りこんでおり、 しかもオマーンの選手がアーリークロス気味にダイレクトであげたセンタリングに、日本はうまく対応できなかった。 幸いボールが走りこんだ選手に合わず事なきを得ているものの、失点しても全くおかしくない場面と言える。


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)

図もオマーンのカウンターのシーン。
中東のカウンターは速く、深い。それが例え自陣深くからでも、気がついたときにはゴール前にボールを運ばれることも少なくない。 このシーンでも自陣深くでボールを受けた選手が、ドリブリで1人かわして一気にボールを運び、日本のMFとSBを完全に置き去りにしてから、 正確なロングボールを前線に走り込む選手に送っている。 このボールは楢崎の好判断で防ぐことができたが、オマーンがこの攻撃に要した人数はたったの2人であることを考えると、 中東の国と対戦するのに一部のスキも与えてはならない、たとえ相手陣内であってもやすやすとドリブルをさせることは許されないことがわかるだろう。

■動きつづけたコマネズミ
日本の戦術についても少し触れておこう。

この試合は、相手が格下ということもあり三都主が頻繁に上がっていくシーンが見られたが、上がったあとのスペースを埋める遠藤の動きには格段の進歩が見られた。 当初は慣れない4バックのサイドのスペースを埋める動きに戸惑いがあったが、この試合では図のように三都主が上がった後にポジションに入る動きがスムーズになっている。また守備においても、相手が三都主のサイドの裏を突いてきたときにも、しつこいディフェンスからスライディングでボールをクリアし、見事なカバーリングを行なえている。 この役割は当初CBの宮本が行なっていたのだが、それでは相手の2トップに対するマークがいなくなってしまい、防壁を開放することにつながる。遠藤がこういう役割をできるようになったのは、宮本との相談のもとである程度決められたことであろう。


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)
左サイドについては遠藤の成長に伴う役割分担ができつつあるが、右サイドについてはこういった役割分担がなされないままだ。

右図はオマーンがサイドをついてきたときのディフェンスのシーンであるが、最後にスライディングをして泥臭くボールをかき出しているのは、自由の旗の下で本来攻撃に専念するはずの中村である。 仮に右サイド裏のカバーリングを、左サイドと同様にサイドに近いボランチが行なうならば、カバーリングに入るべきは中村ではなく稲本のはずだ。 しかしその稲本はその前の攻撃のときに前線に走りこんでしまって、オマーンのカウンター気味の素早い攻撃の時には守備に戻れない。

問題は、ポジションチェンジがサイド裏を相手につかせるリスクを犯してまで攻撃的な効果を生み出しているかという点にある。 結論を言えば、その効果はない。効果がないどころか稲本がこの試合で攻撃に絡むシーンは全くの0である。 名波は先日のサッカーマガジンのインタビューで、日本代表のボランチについて

「伸二とイナは自分を殺して、前や後ろのカバーリングなどサポートに回ったほうが賢明だ」
「中盤にカバーリングをしたり、話を聞いたりする遠藤のようなコマネズミが必要だ」

という趣旨のコメントをしていたが、その指摘はこの試合でも100%的中しているといえるだろう。
もっとも、SBの裏のケアの約束事など普通のチームなら発足初日に決められる類のものだが、このチームだと1年半経ってもそれすら決まらないようだ。

■幾何学の天才と策士の誤算
マチャラ監督とその戦略の具現者たる代表は、この試合を通じてよくチーム戦術を機能させていた。
まさに感服する出来といっていい。

しかし正確で緻密に作られた時計ほど、一度時間が狂えば間違った時刻を正しく刻み付けるように、オマーン代表も”ある瞬間”を境にその機能性を鈍らせはじめる。

中田である。

後半途中から、ジーコ監督はそれまでよく機能していた遠藤にかえて、小笠原を投入する。
これによって中田はボローニャで行なっているボランチの位置まで下がることになる。
もちろんジーコ監督には戦略的な意図は100%ないと確信して言える。
しかし、結果的にこの交代がオマーンの緻密に積み上げられた戦術に狂いを生じさせる結果となる。


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)
問題だったのは、中田とマーカーとのポジショニングだった。
それまでアンカーと中央の2人のMFの内どちらかが入れ替わりながら中田と中村をマンマーク気味にマークしていたのだが、 中田がボランチの位置まで下がったために、中田がボランチになるとは夢にも思わなかったオマーンのマーカーまで引き出してしまい、 アンカーを除く4人が中盤の各ポジションに分散する格好となった。 図を見てもわかるように、前半とは打って変わって4人のMFが綺麗に一直線に並んでしまっているのがわかるだろう。

オマーンにとって更に不運だったのは、ジーコの何の意図もない采配によってポジションを下げられた中田が、後方から攻撃を組み立てる天才だったということだ。

中田のプレーヤーとしての特性は、選択肢の独自性にある。
プレーの選択には「プレーの成功に伴う効果」と「成功の確率」が常に付きまとうものだ。 通常はこれらは反比例の関係にあり、前者が大きければ後者は小さく、前者が小さければ後者は大きくなる。 ここに数学的な概念を導入し、効果と確率を掛け合わせた「期待値」を設定するとすれば、中田のプレーは間違いなく期待値の大きいプレーを選択できる能力がある。

そのため中田は手数を省略して、できるだけゴールに直結できる選択を好む。
具体的には、近い味方を1つか2つ飛ばして、更に奥のゴールに近い選手を使う傾向があるということだ。

中田のマーカーが中盤の低い位置から退いたことで、中盤の底にはアンカーしかおらず、中村と小笠原のどちらかが常にフリーになる状況が出来上がってしまった。 先ほどの場面は中村についたアンカーの裏を小笠原が走りこみ、スペースに動き出すシーンである。 小笠原が鹿島と同じポジションに入ったために、この種の動きに慣れていたこともあるが、 そういった動きを見つけ出す幾何学的なピッチ状態の把握能力について中田が天才的であったということだ。

日本にとっては全くの誤算であったのだが、中田が中盤の大部分を省略されることで、オマーンのプレスは破壊的に機能しなくなっていく。

■日本が2列目の動きを引き出せない理由
今の日本代表に足りないものは2列目からの動き出しだとよく言われる。
確かに2列目からの動き出しは少ないし、多くの場合それは選手個人の意識と相互の共通認識の違いから生じるものだ。 だが、あくまで戦術的な意味で、ロジカルに考えるならば次のようなことが言える。



左図のような場合、つまり一列飛び越すようなパスを行なわず、隣の選手に安全かつ確実につないでいては、選手は前線の選手を追い越すのに多くの労力とリスクを背負うことになってしまう。 今度は右図のように、パスの間にある中間の一列を跳び越すことで、飛ばされた選手が大きなリスクを負わずに飛び出していけるようになる。 このようなロジックが成り立たなければ、いくら選手の意識が高くても飛び出しようがない。

現在の日本代表のように、セーフティーにするあまりパスミスを恐れて隣の選手にしかパスを出さない上に、 FWとタイミングを合わせないまま楔を入れていては、こういった動きは絶対に出てこないだろう。 だが中田がボランチに下がってからの日本は全く違っていた。 チームの意識ではなく、中田の個人の才能による1つ飛ばすパスの選択によって徐々に攻撃のリズムは良くなっていった。 しかし、これも結局パスが良くても、肝心の味方が動く意識が芽生えるまでには至らず、動き出しのシーンは起きなかった。

2列目の動きはやはり意識の問題も大きいものだ。
三都主のサイドの飛び出しについてもこれと全く同様のことが言える。 先ほどの場面で、小笠原が前線で起点を作ったならば、一点がどうしてもほしい場面であるので、 サイドに控える三都主はサイドを駆け上がり小笠原の攻撃の選択肢を増やしていくべきなのだが、これまで彼が出場した全ての試合と同様に、そういった意識は希薄だった。

■ではどうすれば崩せたのか?
日本を徹底して研究し、対策を練ってきたオマーンの守備は、この試合に限ればほぼ完璧な内容だったといえる。

しかし最初に指摘したように、この守備方法は本来バランスを欠いている。
ボランチがアンカー1人で、中盤の守備を攻撃的なMFに依存している。
FWがボランチの守備に追われ攻撃もままならない。
ディフェンスラインはギャップが大きく、いつスルーパスを通されてもおかしくなかった。

このディフェンスを破るポイントは1つ、アンカーポジションをつく事だ。
具体的な方針は2つある。
1つはダブルボランチのときに見られるサイドのボランチのカバーが期待できないので、何らかの形でサイドの深い位置へボールを送り込むこと。 そこにボールが出れば、CBやリベロがカバーリングを行なうことで、中央のアンカーはさらにそれらのカバーリングを行なうためにディフェンスラインに吸収される。 これによって唯一の中盤の底の守備をケアしていた選手がいなくなるので、マイナスのセンタリングでミドルシュートを狙うことが可能だ。

もう1つは、DFを左右に振ってボールウッチャーにした後に、中盤の中央からDFの裏を狙った2列目の動き出しである。 これは通常2列目の飛び出しには中盤のある程度高い位置からスピードに乗った選手に追いつく必要があるのだが、 こういった速い飛び込みにアンカーポジションからでは対応できないためだ。 アンカーが効果的なのはディフェンスラインの前での対応のみで、後ろ向きのディフェンスやラインを飛び越える選手を捕まえるにはあまり効果的でない。

これらの攻撃は、前者について言えば例で挙げたように日本は狙い通りのことを行なったが、相手の想定がそれを更に上回り、サイド攻撃をほぼ完璧に封じられてしまった。 後者の2列目からの飛び出しや動き直しについては、前述のように日本はやりたくてもできない程度のチーム力しかなかった。


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)
あの試合で唯一、2列目の飛び出しからチャンスを作ったシーンは、後半にカウンターから久保と高原が左右にディフェンスを揺さぶり、 その間に開いたスペースに中村が飛び込んでシュートを外したこの1場面のみだったが、これについては完全に偶発的なものといえるだろう。 意図してやれるならばこの種の攻撃が頻発して然るべきだからだ。

しかし、これほど日本対策の戦略を練ってきたマチャラ監督がこの2列目からの動きを考慮しなかったとは考えにくい部分はある。 おそらくマチャラが構築したオマーンのディフェンスが、こういった動きに弱いことは予めわかっていて、それでもなおそういう戦略を選択したことになる。

「日本には2列目の動きはない」マチャラは日本の実力をそう判断した。
要するに日本は完全に舐められていた。


戦術・戦略にはリスクとリターンがつき物だ。
オマーンのように相手にあわせ布陣をいびつにして、相手の全てを抑えようと思えばどこかにひずみが生じているはずなのだ。 オマーンにとってのひずみは1アンカーが生み出すディフェンスの微妙なバランスだった。 しかし日本はそれをつけなかったために、マチャラの仕掛けた巧妙な罠にはめられてしまった。 最後の久保のゴールはオマーンには何の落ち度もなく、単に彼らが不運だっただけだ。


(『NHK BS1:ワールドカップアジア1次予選 日本代表 vs オマーン代表』より)
もっとも、布陣にひずみがあったのはオマーンだけではなく日本も全く同じで、右の場面を見てもわかるようにオマーンの早い攻撃を意識しすぎるあまり、 宮本のカバーリングが行き過ぎてしまった酷い例だ。このスペースを使われることがなかったのは、単にオマーンにそれだけの余裕がなかっただけの話。 「トルシエ戦術の申し子」「ライン戦術のマイスター」がたった1年半ジーコジャパンの古めかしいサッカーにどっぷりと浸かればこうなってしまうのだ。

親善試合とワールドカップ予選の違いは何か?
それはチームを作るために勝ちにこだわらず、自分達の良さを引き出そうとするか、
勝ちにこだわり、相手を徹底的に研究して良さを潰すかの違いだ。
何も日本の弱点を探りに来るのはオマーンだけではない。
これから予選で対戦するであろう”真の”アジアの強豪国は、日本の試合を逐一チェックしていることだろう。
それには日本の攻撃の弱点が露呈したこのオマーン戦も当然含まれている。

WCUP予選でオマーンとはもう一度プライドをかけたリベンジマッチを行なえる。
しかも今度はアウェーの地で。
マチャラがこの試合で得た情報をもとに、更に緻密な戦略を練ることは間違いない。
日本は、図らずもマチャラが突き付けた多くの課題をそれまでに克服できているだろうか?

■ジーコの静かな主張
オマーンの分析はこれぐらいにして、今度は視線を内に向けてみよう。
ジーコである。

ジーコは約束事を嫌う。
確かにそうだ。
彼の言うように「選手の創造性の絶対性を信頼しなければならない」のならば、監督が白いペレとまで言われた世界的に有名な元プレーヤーであっても、 口を挟んではいけないことになる。

サッカー講釈の武藤氏が「ジーコは怠慢だ」と言ったが、彼からすれば監督とは怠慢でなくてはいけないことになる。
実際、この試合が終わった後でもリオのカーニバルを楽しむために直ぐに日本を離れているようにだ。

つまり、ジーコは無言の主張を続けているのである。
「サッカーチームに監督を置くのは間違っている。監督のやることなど1つもない。唯一できることは選手の創造性を邪魔しないために、口を出さないことだけだ。」
では何故彼は日本の監督を続けるのか?それは金銭的な理由を除けば
「他の監督にやらせると余計な口出しをして選手を困らせるからだ。私が監督であれば少なくともそれは防げる」
こう考えているに違いないのだ。

これは有名なエピソードだが、ジーコが鹿島に選手として在籍しているとき、当時の監督にこう言い放ったそうだ。
「お前はいいよな。だって何もしなくていいんだもの」

もう間違いないだろう。
ジーコは心の底から「本来監督がやる仕事は何もない」と勘違いをしている。
そう考えているとすれば、この失言の理由も十二分に説明がつく。

迷うことは何もない。
彼を1分、1秒でも早く解任すること。
これが日本にとって最も優れた戦略であることに疑いの余地はない。

(seri)