■ACミランの重厚な完成度
Champions League Semi-Final Round 1st Leg.
[ AC Milan (4-1) Deportivo La Coruna ]
<ACミランのスタメン> | <デポルティーボのスタメン>
シェフチェンコ インザーギ | パンディアーニ
カカ | ルケ バレロン セルヒオ
セードルフ ガットゥーゾ |
ピルロ | ドゥシェル マウロシウバ
パンカロ マルディーニ コスタクルタ カフー | カブデビラ ナイベト アンドラーデ スカローニ
ジダ | モリナ
昨シーズンのミランについて、多くを語る必要はないのかもしれない。
ACミランは4-3-1-2のアンカーであるピルロのゲームの組み立ての能力、正確無比のロングレンジパスの双方を生かす
新ポジション”レジスタ”を採用したことでチームを一気に完成させ、昨年のチャンピオンズリーグを制している。
ただし、実際にはACミランは昨シーズン途中からチームを徐々に崩してしまっていた。
その理由は固定的ポジションであるピルロにマンマークをつけられパスによる展開が著しく損なわれたことと、
選手配置からくる両サイドアタックの少なさにより最後まで攻撃の選択肢を増やしていくことが出来なかったことが挙げられる。
今シーズンはそういった点を両SBをカフー・パンカロといったオーバーラップを得意とする選手を補強し、バランスを攻撃的にシフトすることで解消した。
そういったことで生じたカバーリングの問題などは、以前別項のコラムでも触れた通りだ。
しかしシーズンも終盤に来て、そのACミランのチームの完成度は劇的に高まっている。
またそれは”ピルロの開放”というキーワードに置き換えることも出来る。
昨シーズンの”レジスタ”ピルロは、言ってみれば現代版アンカーとも言えるポジションで、
旧来のアンカーの中盤からDFラインまでのカバーリングを行う守備的・固定的なポジションという概念に若干アレンジを加えたものだ。
カットゥーゾという守備の駒を隣に据えることで守備の負担を減らす代わりにマーキングの優位性を与え、
ピルロの距離を問題としない例外的なロングレンジパスの能力を生かすという役割を備えたポジションだった。
それが、今シーズンになってピルロのポジションはかなり自由度が高くなっていた。つまりアンカー特有の固定的ポジションから文字通り解放されていたのだ。
以前、横浜Fマリノスのレポートで触れたように、アンカーポジションというのは本来ならば固定的であることが望ましい。
固定的であるからこそ、”他の”選手の守備の負担が減り、それにより味方が動きやすくなる。
つまりアンカーとは攻撃に関して言えば、本来は”捨て”のポジションなのだ。

(『J SPORTS:2004年シーズンJ1リーグ1stステージ第2節 市原 vs 横浜FM』より)
図は横浜Fマリノスの市原戦での1シーンだが、このようにアンカーがいるべき中盤の底のポジションを退けば、特にバイタルエリア付近での守備に大きな問題を生じてしまう。
ピルロがサイドや中盤の高い位置で受けたり、自由にポジションをとれば、
確かに”ピルロへのマンマーク”という昨年執拗に繰り返された各クラブの必勝の策もマークそのものがつききれず破綻するであろう。
しかし、それでは例に挙げた横浜のようにアンカーの本来の役割が損なわれ、チーム戦術に問題を生じてしまうはずなのだ。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 ミラン vs デポルティーボ』より)
図は攻撃時のミランの中盤のバランスを示すしたものだ。
ピルロがサイドのスペースに流れてボールを引き出しているが、アンカーのスペースは
ガットゥーゾが守備的なローテーションによりスライドして埋めているのがわかる。
これはピルロの属するアンカーの一種である”レジスタ”というポジションの更なる進化を意味しているとも言えるだろう。
その機構や役割や重要度が、従来のアンカーポジションとは一線を隔しており、ガットゥーゾという存在も含めて、
もはや”アンカーの一種”という括りでは語れなくなっているのだ。
結果、ミランはピルロをより自由にすることで戦術の中枢に据え続けることに成功し、ボールポゼッションの力を落とすことなく、
しかも両サイドをより攻撃的にすることで現在の絶大なチーム力を得るに至っている。
しかし、この機能的で複雑な役割関係にあるミランの中盤の関係性が、結果的に大きな問題を引き起こす要因にもなったのだ。
■戦術の想定外という根本的な問題
デポルティーボのサッカーは特にその機能性が突出している。
前線からのプレッシングと積極的かつ絶妙なラインコントロール、パターンとも思えるコンビネーションを主体とした鋭いサイド攻撃、
華麗なダイレクトパスを交えたポゼッションサッカー。
ミラン以上に、美しくほど機能的なサッカーを行っているのがデポルティーボというチームだ。
通常、これだけの戦術的要素を同時に消化しようとすれば、並みのチームではすぐにもサッカーが破綻してしまうだろう。
だが何年間もメンバーの入れ替わりがほとんどないという現在のマーケットからは考えられないこのチーム独特の環境があるからこそ、
複雑怪奇な戦術の迷宮に迷い込むことなく、その一つ一つを消化できてきた。
だが既に示したように、デポルティーボのプレッシングスタイルというものを考えた場合、
現在のACミランというのは最もその戦術の想定から外れたチームであると言わざるを得ないだろう。
ディフェンスラインを押し上げ、高い位置からプレッシングを仕掛けるということは、
裏を返せば、中盤でプレスをかわすのが極端に旨いチームや、マークを掻い潜ってディフェンスラインを突破したり、
流れと関係なくゴール前の一撃で勝負を決める相手というのを全く想定していないことになる。
程度の問題こそあれ、適応範囲を限定しなければそれが戦術として成り立たなくなるためだ。
プレスが効かなければラインを押し上げられない。
押し上げられなければ、相手に自由を与えることになり、ますますプレスは効かなくなる。
ここで取り上げる1st Leg.でのデポルティーボはまさにこの悪循環に陥った。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 ミラン vs デポルティーボ』より)
図はデポルティーボの中盤の密度の低さを示したものだ。
そもそもこのデポルティーボというクラブ、本来ならば田舎の中堅チームだっただけに、アウェーでのスモールハートは非常に有名である。
この試合でもやはりアウェーの空気に呑まれ、加えてミランのインザーギとシェフチェンコのマークに気をとられたことで、
いつものラインコントロールが出来ておらず、そのためにボールを左右に大きく振られスペースをいいように使われてしまっている。
結果的にアウェーであるからという理由で自分たちのサッカーを行えなかったデポルティーボのメンタル面が引き金となり、ミランに大量失点を喫することとなる。
■破られたデポルティーボのサイド
それまでの戦いぶりを見てもわかるように、デポルティーボのというチームは無駄なものを削り、必要なものだけを残した非常に洗練されたチームだ。
であるからこそその戦術にはほとんど大きなスキは存在しない”はず”だった。
しかしどんな素晴らしいチームにも程度の差こそあれ、やはり小さいスキは確実に存在する。
アンテェロッティーは他のチームが気づかなかった、あるいは利用しなかったその小さなスキを突くシュミレーションを入念に行っていた。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 ミラン vs デポルティーボ』より)
図はパンカロのオーバーラップ時のデポルティーボの対応を示したものだ。
デポルティーボの高めの攻撃的なサイドMF(SH)は非常に攻撃的な性質をもっており、
守備においてもボールサイドによってプレッシングに積極的に参加していく。
この場合、ミランの左SBパンカロの対面となったのは右SHとして出場していたセルヒオであったが、
ミランがデポルティーボのプレスをかわしてボールを逆サイドに振ると、彼が付くべきパンカロへのマークが外れてしまう。
ここまでならば、セルヒオの更にその後ろに控える右SBのスカローニがオーバーラップに対応すれば通常は問題ないのだが、
しかし歴戦の名将であるミランのアンテェロッティーはここに付け入るべきスキを見出していた。
図を見てもわかるように、SBのすぐ隣に2トップのFWの片方を張らせたのだ。
これによってFWをマークせざるを得なくなった右SBのスカローニはパンカロのオーバーラップにマークを切り替えることができなくなり、
自陣深くまでドリブルによる進入を許すこととなる。
フリーのパンカロは深い位置からアーリークロスを上げると、逆サイドからダイアゴナルに走りこんできたシェフチェンコへの絶妙なパスとなり、
完全にフリーでシュートを打たれている。
ここまでならば流れの中で偶然こういった状況ができてしまうこともあるだろう。では次の場合も偶然だろうか?

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 ミラン vs デポルティーボ』より)
次の図は先ほどのアーリークロスの”直後”に起きた攻撃の場面だ。
先ほどと同じように逆サイドへのサイドチェンジを受けてパンカロが敵陣深くに侵入すると、そこにはシェフチェンコがサイドに大きく開きスカローニのマークを引き付ける。
逆サイドからはインザーギがダイアゴナルに走りこみ、そこにパンカロからのアーリークロスが入るとゴール前でフリーでシュートを打っている。
つまり、先ほど起きたことと全く同じ状況がたった2分間の間に2回起きているのだ。
これにより、アンチェロッティーがデポルティーボの小さなスキを見つけたこと、それを想定した明らかな対策を練ってきたことがわかる。
シェフチェンコならまだしも、インザーギがサイドに開いてボールを受けようとすることは通常では考えられない。
そこには明らかなアンチェロッティーの意思を感じることが出来る。
この2つの場面から決勝点が生まれ、早い段階で勝負が決してしまっていても全くおかしくはなかったが、幸いなことにこの場面でデポルティーボは失点を免れている。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 ミラン vs デポルティーボ』より)
今度は、ミランのFWがサイドに開くことに対して、デポルティーボがどのように対処していたかを見ていこう。
図はサイドに開いた囮のFWに対してSBとCBの両方がついていってしまった場合のものだ。
パンカロがドリブルで進入すると前線にはマーキングの不備から生じたスペースが出来、そこを目ざとく見つけたカカが素早く走りこんでいる。
ここではパンカロはディフェンスラインに出来たスペースにボールを送ることを選択しているが、残念ながらパスがずれてこのボールがカカにあうことはなかった。
余談だが、シーズンも終盤に差し掛かり、以前はまだ未熟であったカカの前線のスペースを見つけて飛び込む動きも、
戦術にフィットするにつれてかなり洗練されたものになってきている。


(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 ミラン vs デポルティーボ』より)
ここで何度も挙げているように、確かにデポルティーボのサイドはサイドMFの守備意識の低さのために守備が破綻していた。
だがそれはセルヒオが守備を怠っていたのではなく、デポルティーボのプレッシングの特性であるボールサイドに極端に人数をかけていくことの裏返しでもあり、
それはチーム戦術上どうしようもないことであったのだ。
例えば左の図のように、サイドチェンジが行われずストレートにパンカロが上がっていった時ならば、先ほどはマークを外してしまっていたセルヒオもきちんと自陣に戻って守備に参加できる。
しかし、対面で行われていたミランのサイドディフェンスをみると常に2対2の関係が作られており、試合中は終始この関係か崩されることはなかった。
4-2-3-1に対して3-5-2は構造的欠陥を持つとか、4-2-3-1はサイドに人数が多いからオーバーラップに対応できるなどという意見を聞いたことがあるが、
これだけ完成度を持つデポルティーボの守備を見てもそういう結論には達せそうにない。
このようにアンチェロッティーは数少ないデポルティーボの戦術的なほんの小さなスキを見つけ、
そこをさらにFWが開く特殊な動きを用いることによって大きく押し広げることでマーキングの関係をずらすことに成功、
そこから次々とチャンスを作り出して徐々に試合を有利に進めていく。
■第2戦目への布石として
先ほどの例を見てもわかるように、アンチェロッティーは”力ずく”ではなくデポルティーボを”戦術的に”駆逐する選択をした。
しかし、既にご承知のようにミランの”ピッチ上の”選手は相手にアウェーの強烈なプレッシャーを与え続け、巨大な力によってデポルティーボを捻りつぶしてしまった。
少なくとも後半開始直後わずか8分間の3連続ゴールはアンチェロッティーの周到に準備した策とは一切関係のない流れから飛び出たものだ。
まるで平手で顔を殴られるように、1ゴール1ゴールが体にズシリと圧し掛かる得点である。
後に行われる第2戦を考えた場合、このように力任せに相手をねじ伏せたことがミランにとってよかったことかはわからない。
このことが本来試合の中で気が付くべきミランの諸問題を掘り起こす機会を奪い去ってしまった可能性が高いからだ。
これだけ機能した戦略からの得点が0だったことと、ピッチ上の出来事がそれとは全く関係ない形で一気に進んでしまったことが、
2戦目に向けたアンチェロッティーの新たな戦略を立てにくくしたことは確かであろう。
■崩されたスタイル
Champions League Semi-Final Round 2nd Leg.
[ Deportivo La Coruna (4-0) AC Milan ]
<デポルティーボのスタメン> | <ACミランのスタメン>
パンディアーニ | シェフチェンコ トマソン
ルケ バレロン ビクトル | カカ
| セードルフ ガットゥーゾ
セルヒオ マウロシウバ | ピルロ
ロメロ ナイベト アンドラーデ Mパブロ | パンカロ マルディーニ コスタクルタ カフー
モリナ | ジダ
「もはや試合をやるまでもない。ACミランがアウェーであろうとも、みすみす相手に3得点を許すことは有り得ない。」
世界中のサッカーファンはこう思っていたに違いない。
実際、ホームのジュゼッペ・メアッツァで4得点した後には「もう得点はいりません」とばかりに、
実にイタリア的にその後の試合をコントロールし、ゲームを完全に終了させてしまっている。
選手たちはわかっていたのだ、「後はアウェーでゲームを消化するだけ」であると。
一方、これだけの差をつけられてしまった上に、しかも圧倒的な個人の能力の違いを見せ付けられたデポルティーボ側に残された道はたった一つしかなかった。
何も考えず、90分間走り続けること。
前線から激烈なプレッシャーを与え、相手に対応するヒマを与えないこと。
DFラインをどんな状況でも勇気を持って押し上げること。
ボールを奪ったら少しでもボールをゴールに近づけること。
そして絶対に失点をしないこと。
2戦目を迎えるにあたり、パンディアーニはその決意をこう述べている。
「俺達は絶望した狂人のように攻め続けるんだ」
そしてデポルティーボはその通りのことをした。
■再び起きた想定外の現象
「2ゴール目までは何とか奪うことができると信じている。3ゴール目は観客の皆さんに決めてほしい」
ただでさえ攻撃的なスペインリーグの中でも1,2を争う攻撃力を持つデポルティーボのイルレタ監督にして、
通常であれば2点が限界と思わせるほどミランのディフェンスは堅い。
相手がもし守備を固めてきたらそれは尚のこと難しかったであろう。
だがアンチェロッティーは、現在のACミランは相手によって、あるいは状況によって戦い方を変えることは難しいと言っている。
なぜならミランは中盤の役割が戦術的にあまりにも分化・複雑化し過ぎており、相手に合わせて役割を切り替えるようなことがほとんど不可能であるだからだ。
ACミランというトップチームで、ピルロがなぜ中盤の底という本来過酷であるはずのポジションをこなせているかを考えればそれはおのずと明らかだ。
それは結局、ピルロが徹底して戦術という真綿によって守られているからだ。
だからこそアンチェロッティーは「もっと守備的に対していくべきだった」という指摘に対し、「同じ状況でも同じ布陣で戦ったはずだ」と確信を持って言えるのだ。
逆に言えば、ミランが相手にあわせる必要もないほど圧倒的に勝ち続けてきたことの裏返しでもある。
それだけ自分たちの戦術・スタイル・強さに絶対的な自信を持っているともいえるだろう。
だがそのスタイルを貫いたこと自体が、デポルティーボに激しく押し込まれる要因を作ってしまったのだった。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
図はデポルティーボが行ったプレッシングの例だ。
1st leg.でのプレーと比較すれば、それがどれほど激しいものだったかは想像に難くない。
もちろんこれは明らかに相手であるACミランも想定済みのことであっただろうし、単純にプレッシングによってボールを奪われるだけでは
ミランがこれほど焦ることはなかったはずだ。
アウェーで手負いの相手に1失点することは最初から想像できたことだろうし、
1点目のパンディアーニのゴールが決まったときにはミランの選手はさほど大きなショックもない様子であった。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
しかし図のようにデポルティーボの攻撃が機能しはじめ、ミランのサイドを深く深くえぐっていくと明らかに選手達に焦りに色が見え始める。
そもそもミランのイレブンがこれほどのプレッシャーを受けることなど本来は有り得ないことだ。
つまり全てのフィールドで厳しいディフェンスを行うイタリアにあって彼らがポゼッションスタイルをとる理由、
とり続けられる理由というのを考えた場合、彼らにそれをいついかなる状況でも行えるだけの技術があるということの証明でもあるからだ。
たとえ相手にボールを保持されても、サイドをこれほど深くえぐられるなどということは全く考えられないし、ゴール前に張り付きになることも本来は有り得ないのだ。
1戦目のデポルティーボがちょうどそうであったように、ミランにとってその日のデポルティーボのプレーというのは明らかに戦術の想定外にあるものだった。
「これほど激烈なプレッシャーを与えるチームは無い」そういう前提のもとでのポゼッションスタイルであり、レジスタであるからだ。
試合の方向性を決定的にしたのはデポルティーボの2得点目のシーンだった。
ルケの折り返しをバレロンがヘディングで押し込んだこのゴールは、
それまで激しく押し込まれながらもカウンターからチャンスを作っていただけにミランにとって悔やまれるゴールだった。
それ以降はミランの選手達は何か魂を抜かれたように急に覇気がなくなっていき、逆にデポルティーボにはホームの追い風が吹く。
試合の雰囲気が変わると、ついには有り得ないミスまで起きてしまう。
モリナのゴールキックの処理をネスタが後逸すると、そこに走りこんでいたルケにボールをゴール左上に叩き込まれてしまう。
この得点でデポルティーボはACミランを逆転したことになり、一方のミランは完全に糸が切れてしまった。
■寸断された攻撃の起点
1st Leg.でミランが行ったように、デポルティーボもミランの戦術を攻略にかかる。
デポルティーボが狙ったのはミラン戦術のまさに中核であるピルロを封じることであった。
既に述べたように、ピルロはミランの攻撃の全ての起点となりうるといっても過言ではない。
そのピルロが押さえ込まれないのはミランの抜群の戦略的なサポート体制のおかげであるのだが、
この試合では激烈なデポルティーボのプレッシングの前にピルロとミランの選手とを結ぶ糸が完全に寸断されてしまっていた。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
図はピルロへのプレッシングからボール奪取という一連のシーンを示したものだ。
ガットゥーゾがプレッシャーを受けているためにヘルプに回ったピルロだが、いざ彼にボールがわたった一瞬には3方向からほぼ同時に詰め寄られ、
相手をかわす間もなくボールを奪われている。
ピルロ自身が周囲からはやくも孤立し始めているのがわかるだろう。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
次の図もピルロからボールを奪取したシーンだ。
ボールを奪った瞬間に攻撃に移り、逆サイドのビクトルまでボールを運んで一気にシュートに持ち込んでいる。
ミランのように高度な役割分担の上でピルロのサポート体制を築いているはずのチームがこういったシーンを生み出すことは非常にまれである。
中盤の低い位置を必ずボールが経由するというACミランの戦術はやはりこういったリスクを少なからずはらんでいる。
そのことを証明するようなシーンであった。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
だが一方で、この状況はミランにも大きなチャンスがあることを物語っている。
図はプレッシング時のデポルティーボのバイタルエリアを示したものだが、中盤の高い位置への意識が強かいために、
どうしてもディフェンスラインと中盤との間にわずかだがスペースを生じてしまう場面があった。
ここではそういったスペースを利用し、カカが前向きにフリーでボールを受けてしまっている。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
次の図は本来ミランで行われているピルロへのサポート体制の例を示したものだ。
ここでは普段は前線の近くでFW的な働きを行うカカが、珍しく低い位置までボールを受けに来ており、ピルロが前向きにボールを持てるような体制を作っている。
さらにピルロのボールをトマソンがポストで受けると、落としのボールをカカが再度はたいてシェフチェンコにつなごうという技巧的なパス回しからの展開である。
こういった機会があることからもわかるように、プレッシングの裏をついてミランがカウンターで得点をすることも十分ありえたということだ。
■デポルティーボのサイドエリアの強みと弱み
この2戦を見て気が付いたことに、デポルティーボには割とハッキリとした弱点があったということだろう。
それはデポルティーボの攻撃的なサイドMFの裏返しでもある、守備意識の低さにある。
つまりミランのように攻撃的なSBへの攻め上がりへの対応を苦手としているということだ。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
図はミランの右SBであるカフーのオーバーラップのシーンを示したものだ。
1戦目でパンカロをフリーにしてしまったように、はじめはついていたはずのルケのカフーへのマークが、大胆に上がっていくプレースタイルに対応できておらず、
結果ペナルティーエリア内でフリーでボールを受けられ場面を作っている。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
次の図も似たような場面で、やはりここでもカフーに対し簡単にマークをはずし、ディフェンスの裏を取られてしまっている。
だがこういたことはあくまで攻撃的なサイドの裏返しの現象である。
ミランにとって、本来は危なっかしいはずのピルロのポゼッションがチーム戦術の生命線であるように、
デポルティーボにとってはサイドの攻撃的布陣こそがチーム戦術の生命線となりうる。
このレベルのチームになると生じているスキというのはほとんどが強みの裏返しであるような場合が多くなってくる。
以下、デポルティーボの非常に練りこまれたサイド攻撃の例をいくつか示すことにする。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
デポルティーボはサイド側の選手2人でボールをポゼッションすることが多いために、ボランチの位置から大きく展開するというシーンはあまり見られない。
その代わりセルヒオやマウロシウバは少ない時間だけ細かくボールに絡むことで攻撃にアクセントを加えることが出来る。
図もそういった場面の一つで、ここでは全てのプレーが高速のダイレクトパスで行われており、最終的には勝負に来た右SBのパンカロのプレッシャーを難なくかわすことで
ほぼ完璧な形で右サイドを突破している。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
一つ目がパスワークでサイドを崩した場面であったのに対し、今度のものはサイドでボールを持った場合の周囲のサポートとパターンによる崩しの豊富さがよく現れている場面だ。
右サイドにボールが渡ると、パスを出した側は直ぐにサイドMFの後ろに回りこみ、”逃げ”のためのパスコースを確保する。
それと同時に孤立している右サイドに対し、前線から近づいていくことで楔からのコンビネーションを狙う。
サイドMFは楔のボールを出すと同時にリターンのパスを受け、一方ではポストに入った選手は
右サイドを縦に流れる動きを行い本来のマーカーとサイドMFのマーカーの両者を一手に引き付ける。
その間にボールを受けたサイドMFが内側に切れ込んでいけば、サイドにばかり意識のいったマーカーをかわして進入できるという寸法だ。

(『SkyPerfectv:UEFAチャンピオンズリーグ03-04 デポルティーボ vs ミラン』より)
最後の場面はデポルティーボの4得点目が生まれたシーンで、これが最もデポルティーボらしい得点と言えるだろう。
ワン・ツーでサイドを簡単に突破すると、中央に走りこむパンディアーニやバレロンを囮にして、
逆サイド側のサイドMFがゴール前に飛び込みシュートするというデポルティーボの典型的なパターン攻撃の一つだ。
特にデポルティーボの場合、サイドからのセンタリングはむしろFWよりもこの逆サイドMFの飛び込みの方にあわせる割合がはるかに高いのも特徴といえる。
あまりにも有名なパターンプレーなので、対戦する相手は120%こういうシチュエーションを想定しているはずなのだが、
DFとしては相手の進入する角度やその鋭さからマークするタイミングをほとんどの場合、逸してしまう。
逆に言えば、パターンであるからこそデポルティーボの選手達の一連の動作が相手が対応できないほどスムーズで早いということもいえる。
「パターンだから読まれる」などと攻撃の”型”を作ることが嫌われることも多いが、実際にはこれだけの熟練度があればそれは必殺の武器になりうる。
「わかっていれば、止められる」ならば、インザーギに得点を与えることや、デポルティーボに失点を喫することはないはずである。
だが現実にはそういった現象は確実に発生する。「わかっていても、止めれない」これがサッカーピッチ上で起きていることなのだ。
■あとがき
試合を振り返り、ミランのガットゥーゾはこういう。
「まるで地獄にいるようだった。あらゆるところから敵が飛び出してくる。永遠に終わらない悪夢みたいだった」
地獄の番人のようなガットゥーゾにこう言わせるほど、この試合のミランは混乱していた。
後にアンチェロッティーは「ハーフタイムでチームは完全に死んでいた」と述べている。
この2戦を振り返ると、戦術的な内容や監督の意図とは全く別の次元で事が進んでいた印象が非常に強い。
対戦した両者のチームの完成度、コンディション、試合へのモチベーション、ドラマ性も含め過去のCLの中で間違いなく最高レベルのものだった。
しかし肝心の内容はあたかもそれに反するように、ミランの3連続得点、デポルティーボの4得点による逆転劇などのアンロジカルな出来事が多かった試合でもある。
デポルティーボが決めたダメ押しの4点目を途中出場したデポルの魂・10番のフランが決めたのも、何か因縁めいたものを感じざるを得ない。
今シーズンのCLの優勝を争ったポルトもモナコも、欧州フットボールの力学によって来シーズン以降のチームの行方には暗雲が立ち込めていることだろう。
決勝に進んでしまう前の段階で負けたことは、デポルティーボという”クラブ”にとっては、ある意味では正解であったのかもしれない。
(seri)
<目次>
■ACミランの重厚な完成度
■戦術の想定外という根本的な問題
■破られたデポルティーボのサイド
■第2戦目への布石として
■崩されたスタイル
■再び起きた想定外の現象
■寸断された攻撃の起点
■デポルティーボのサイドエリアの強みと弱み
■あとがき