- ■「横浜FM 1stステージ総括」(2004/07/04)
- ■優勝の陰に見える”チーム作り”の失敗
岡田監督との付き合いもかれこれ6年ほどになるだろうか・・・付き合いといっても、もちろん個人的な交流があるわけではない。
恐ろしいことに岡田監督が日本代表監督に就任してから今日に至るまで、まだ駆け出しの新米監督だった札幌時代も含めて、
岡田監督の指揮した200近い試合のほとんど全てを私は見ている計算になる。
だから選手のモチベーションをコントロールする術を、岡田監督が身に付けていることは知っていた。
それは日本人に限らず、エメルソン、ウィルなどの癖のある外国人選手の精神的なコントロールについても同様のことがいえる。
昨年から指摘されていたことではあるが、改めてこういった戦う集団としての強さが今ステージの異常なまでの勝負強さにつながっていることは間違いない。
特に優勝の行方を左右する磐田との直接対決や、終盤での磐石の試合運びや形を崩してもでも失点を免れるメンタリティーは脱帽する他ないであろう。
だが優勝を争った磐田の桑原監督はこういう。
「横浜のダイレクトプレーを使うスタイルはつまらないとは思わないし、岡田監督がああいうチームを作って勝負強くなったということ。
勝てるチームだと思う。ただ僕はああいうサッカーに負けるのは悔しいし、僕が監督をやっている間はああいうサッカーは絶対にしたくない。
あくまでもポゼッション・サッカーで強くなりたい」
桑原監督が指摘するまでもなく、確かに今現在の横浜のサッカーの質が磐田を上回っているかと言われると、何ともいえない部分がある。
それについては岡田監督をはじめ、選手たちも認めていることではあるものの、サッカーが競技である以上は、問われるべきは質ではなくやはり結果。
結果の伴わない質の高いサッカーなどには(おそらくは)何の意味もないのだ。
とはいえ、優勝した横浜がそのサッカーの質を十分高められなかったのも、また事実として存在している。
その原因は、やはり岡田監督が行ったチーム改革の失敗に起因している。
以前触れたように、岡田監督は大敗した市原戦の後にチーム作りの失敗を公言している。
対応処置として昨年のスタイルにチームを一度戻した上で、そこから新たなチーム作りを模索していこうとしていたに違いない。
だが、そうして戻した昨年のスタイルにチームがなかなかフィットしていかない。
そもそもシーズン途中にチーム内の約束事に変化をつけること自体が難しい作業であるところに、
相次ぐ故障によるスタメンの入れ替え、各年代の代表選手の放出、波戸の突然の離脱などによってチームをなかなか固定できなかった。
岡田監督は常々「私の理想は4-4-2だ」と言っていることから、シーズン途中で3-5-2にシステムを切り替えたことは理想の追求ではなく、
あくまで現実との折り合いを図ったとするのが妥当であろう。
- ■選手がフィットする理由
チームが完成しない中で、入れ替わりに入った選手が次々と結果を残すには訳がある。
それは岡田監督独特の選手のマネージメントによるところが大きい。
岡田監督の手腕自体は、実は札幌時代から基本的には変わっておらず、実にシンプルなものだ。
まずはじめに選手の適正を見抜くことからそれは始まる。
さまざまなポジションを保ちその中で能力とポジションへの適正を見るが、岡田監督はファーストインプレッションで感じたことは変えないと言い切る。
「例えば私は横浜に来てから久保の1トップは無理だと判断したんだ。どうにもあわない。
我慢できずに一度使ってしまったことがあったけど、結果はやはりだめだった。『あぁ、失敗した!』と思ったよ」
難しいのは、ここで弾かれるとその後チームに溶け込むのは難しくなってくるという点だ。
札幌時代に池内(現鹿島)、大黒(現G大阪)、清水(現横浜FM)などの能力は十分レギュラーを満たすものだったが、
その能力をうまくチームにフィットさせられなかったために、ベンチで試合を見ることすら稀だった。
適正を見抜いた次に行うのは、選手ごとの特徴に応じた役割を与え、それぞれの得意なプレーを忠実に遂行させることだ。
これは非常に単純な話で、その選手の最も得意とするプレーや秀でた能力が生かせるポジションを中心に、ある程度チーム内での役割を限定させる。
そのうちそのポジションで自信をつけさせながら、プレーの成功する確率が高くなってきたところでまた新たな課題を提示していくというものだ。
当たり前のように聞こえるかもしれないが、これが出来ているチームはかなり少ない。
特に最初の”役割を限定させる”という行為が、それを一体どれほどの範囲で行うかという点において判断が非常に難しい部分だし、
現状ではポテンシャルを優先させて試合の中で成長させようとする指導者が大多数を占めるのが実情だろう。
札幌時代の今野や今の横浜における那須などは、同じストッパータイプのDFからボランチにコンバートされている。
まずは守備的かつ限定的な役割を持つアンカーのポジションを与え、何ヶ月かして役割を十分こなせるようになると、今度はパスを簡単にさばけるようにするような要求を出す。
それもある程度までこなせるようになれば、今度はボールを奪ってそのままあがって言ったり、DFラインからボールを引き出すために中盤の高い位置まで流れの中から攻めあがっていけるようになれるようにさせていった。
もちろんこの2人はそういった段階的育成の成功例だ。
やはり中にはそういった新たな課題を克服できず伸び悩む選手もいたが、だがそれでもさほど問題にはならなかった。
岡田監督のこの段階的手法は時間こそかかるものの、”段階的である”という点に実は大きなメリットがある。
つまり新たに設定した次のステージで仮にうまくいかなくても、その前の段階まで一度さかのぼることで、自信があるころのパフォーマンスまで引き戻すことが出来るからだ。
一方で、例えば岡田監督が札幌時代によくいわれていた批判に「若手をなかなか起用しない」というものがある。
当時の札幌には山瀬(現浦和)、今野(FC東京)などの将来を期待される若手が多く所属していたが、そのポテンシャルは誰もが認めるところであったにもかかわらず、
こういった選手を起用することで試合の中で無理やり成長を促進させるようなことは絶対にしなかった。
あくまでも練習の中でストロングポイントを伸ばし、我慢強くそれがレギュラーポジションに耐えうる段階まで強まるのを待つ。
だから逆に昨日まで先発で出たことのない選手がある日を境に完全にスタメンに定着するということがよくあったが、
これはいってみれば免罪符のようなもので、一度スタメンで起用したならば、他のチームによくあるような「お試しの期間限定スタメン」ではなく「間違いくレギュラー選手の能力を超えた」という証でもあるのだ。
こういったことで選手が大きな自信を植え付ける一方で、そのボーダーを越えられずに、じれてチームを去るものもいたのだった。
だが基本的な姿勢として、この我慢強く待つというのがことの他今ステージの横浜にとっては大きかった。
アンジョンファンも最初こそチームに全くフィットしなかったが、粘り強く待って動き出しが早くなるとステージ終盤に毎試合の連続得点を記録してチームを救う。
上野についても全く同様で、昨年は出場機会がなく、解雇してもおかしくない状態にありながら選手を信じて待ったおかげで、
奥の離脱という大きなトラブルにもその穴を十二分に埋める活躍でやはりチームを救ったのだった。
- ■2ndステージに向けた動きとある予言
2年連続完全優勝という、かつて誰も成し得たことのない目標に向かって、現在横浜は邁進している。
そのために、まずは選手の怪我を治し、コンディションを整えた上でチームのベースをもう一度固めることに専念していくことになるだろう。
各年代別の代表戦やアジアの大会が続く今シーズンは、不本意ながらもうまくいっている3-5-2を主体にしながら、4-4-2と併用してシーズンを乗り切ることになる。
前半戦を終えた段階でこれだけ怪我による離脱を強いられているとなれば、そこを補うために来シーズンに向けた補強のプランも練り始めなければならない。
センターラインの充実した横浜にあってサイドプレーヤー、特に攻守に高いレベルを発揮する右サイドプレーヤーの不足はチームに暗い影を落としてきた。
佐藤は右の攻撃に特化しており使いにくい、遠藤は本来右サイドのプレーヤーではないし、田中も運動量で相手と駆け引きするタイプで絶対的な力はまだない、
中西を右サイド専属とするとチームのユーティリティー性が損なわれる。
岡田監督が欲しているのはドゥトラとはタイプが正反対で、攻守にわたって活躍できる、WBとSBをこなせる選手だ。
そう考えた場合、現状の横浜の戦力を考える場合にやはり誰かを獲得すると見るのが現実的だ。
では誰を獲得するのか?
突然だが、ここである予言をしてみようと思う。
ほぼ間違いない、岡田監督は市川を来シーズン取りに行くことになるだろう。
ご存知のように、市川はワールドカップにも出場するほどの高い攻守にわたる能力を有している。
SBやもちろんWBもこなせる上に、高精度のセンタリングで何度も得点を演出してきた。
だがかれの所属する清水エスパルスは、現在プレッシングサッカーからの速い攻撃にチームコンセプトが移行しており、
今シーズンの右サイドは俊足のドリブラーである大田がレギュラーとなっている。
市川に出場機会がないこと以上に、岡田監督が市川の能力を非常に買っていることもそう推測させるに十分な理由がある。
例えば岡田監督が札幌の監督を辞めて一年間解説の仕事についているときに、清水の解説で次のようなことをいっている。
「彼は日本人の中では能力はずば抜けているんですよ。本当に素晴らしいポテンシャルを持った選手なんです。」
岡田監督がここまで開けっ広げに選手をほめるのは大変珍しい、べた惚れであるといってもかまわない。
何より、彼が18歳の時にワールドカップ代表候補に最後まで名前を残していることなどからも彼のポテンシャルに魅力を感じていることは事実だ。
もし仮に市川の移籍が実現すれば、かつて中澤がそうであったように、コンディション不良から安定性の欠く彼のプレーから迷いが消え、
本来持つポテンシャルを存分に開花させることになるのではないかと、密かに期待している。
「代表より強いかもしれない”磐田”」
磐田が好調なときには実際このようなことが囁かれていたが、未だかつてこのような言われ方をしたチームは磐田だけだった。
今の横浜に市川が加入するようになれば、それはもうほとんど日本代表と言っても過言ではない。
「代表より強いかもしれない”横浜”」
そう言われれる日も近いのかもしれない。
(seri)