■「ミラー・ゲーム(清水 x 大分)」(2004/08/22)

J-league division1 11th-week
・清水エスパルス vs 大分トリニータ(1-2)

「何かがおかしい」と思ったのはゲームが始まって直後のことだった。
この試合自体は降格やまして優勝とは関係のない、何の変哲もない良くあるリーグ戦の試合に過ぎない。
だが清水-大分の戦い方を考慮した場合、見るべきポイントが自然と多くなるであろうと予想された。
実際、この試合が「ミラー・ゲーム」になる確率はかなり高かったのだ。

今回はJ1リーグ第11節から清水対大分戦をレポートする。

■”鏡合わせ”の試合
サッカーでは対戦するお互いの戦術やコンセプトが非常に似通っているために、ピッチ上でそれが正面衝突してしまうことがたまにある。 そこにまるで鏡でもあるかのように、自分達のやろうとすることを相手チームが行うことから、このような試合を特に「ミラー・ゲーム」と呼ぶ。 今シーズンの清水と大分はともに監督とスタッフが一新したのに伴い、現在は新たなチーム戦術としてプレッシングの方法論が持ち込まれていた。 中盤を狭く保って相手にスペースを与えない互いの戦術が、真正面からぶつかり合った場合、それはどのような現象をもたらすのか?

やはりミラーゲームになるのか?
それともそうではないのか?
もしそうなればどのような現象が起きるのか?
もしくは何も起きないのか?
勝敗がどちらにつくに転がるにせよ、そういったことに自然と興味が沸くカードだった。

当初の予想通りホームの清水は3-4-3の布陣を敷き、コーチ陣に石崎氏がいることからわかるように前線からチェックを行うことで相手にプレッシャーを与える戦術を採用している。前節までの清水の攻撃の機構は、基本的に中央に構えるトップの3人の誰かをボールが経由することによって初めて成り立つものだ。まだやり方の固まっていない清水は、やはりこの試合でも同様の攻撃を行い自分達のやり方を貫く様子だった。


(『J SPORTS:2004年シーズンJ1リーグ1stステージ第11節 清水 vs 大分』より)


予想外だったのは肝心の相手の布陣だ。
この試合の大分は今年はじめてとなる3-5-2の布陣を敷き、しかも通常この布陣で用いられるダブルボランチではなくワンボランチで試合に臨んでいたのだ。下図で示すように、大分の守備は3バックとワンボランチが一つのユニットを形成し、相手の前線の3人のうち、誰かにボールが入った場合にそこをサンドイッチするように挟み込んで、攻撃の基点を作らせないという狙いがあった。最初にボールの入る前線の基点を潰せれば、清水自慢の両サイド攻撃もその力を十分に発揮することができないと踏んでのことだろう。


(『J SPORTS:2004年シーズンJ1リーグ1stステージ第11節 清水 vs 大分』より)


大分のこのやり方は清水の布陣に対し見事にはまることになる。
基本的にはワントップ気味に構える北島をディフェンスの中に置きながら、その前のスペースをアンカーの瀬戸がゾーンで守る形だ。 ボールが北島に入った場合にはDFがしっかりと体を寄せて前も向かせず、ポストプレーをしようとする間に瀬戸が素早く詰め寄ることでボールを奪い取る。


(『J SPORTS:2004年シーズンJ1リーグ1stステージ第11節 清水 vs 大分』より)


また中盤まで下がることの多い久保山とアラウージョのに対してボールが入った場合や北島がサイドに流れた場合には瀬戸が張り出すのではなく、 上図のようにサイド側のCBがまず対応し、中盤のラインが素早くプレスをかけることでやはりサンドして奪うというものだ。

もちろんこういった戦術が成功したのも、清水の前線の3人の連動性がまだ完璧でないことや距離感が離れすぎているために、パス交換がうまくいかない部分があることも影響している。次のように早い段階でFWに楔のボールが入り、DFやアンカーが詰め寄る時間がなければ、ワンボランチと深いDFラインが生み出す両サイドのスペースを突かれるリスクも発生する。


(『J SPORTS:2004年シーズンJ1リーグ1stステージ第11節 清水 vs 大分』より)


プレッシングからのショートカウンターが身上であった清水は、大分の本来の形である高いディフェンスラインの裏を狙う方針でいただろう。 しかし大分の大きなシステムと機構の変更によって、そういった狙いとは裏腹に相手に引かれ、常にボールを持たされ続けた。 前半は相手のミスから久保山が先制点を挙げたものの、逆に後半に大分のカウンターを受けて高松にゴールを奪われると原田にはFKを決められ、あっさりと逆転ゴールを許してしまう。大分からしてみれば「してやったり」だったこのゲームだが、実際にはかなりのリスクを負った戦い方だったことがわかっている。つまり最初に驚きがあった理由は、今シーズン4バックを主体にした戦術を徹底する大分が初めて3バックを使用したのがこの清水戦であり、練習も行ったことがなかったということだ。

■意図的に回避されたミラーゲーム
正確に言えば、大分が3バックの練習を行ったのは開幕前の春季合宿で一度試してみたことがあった程度だが、それがどれほど参考にならないかは明らかだ。 大分のように4-4-2の綺麗な3ラインによるプレッシングスタイルを実践するチームにあって、バックスの人数を変化させることはすなわちスタイルの放棄と同意語なのだが、大分の指揮をとるハンベルガー監督は、かつて藤田も所属したオランダはユトレヒトで長い間指揮を執っていおり、4-4-2のプレッシングスタイルをとることでも有名な監督だった。その監督がなぜ3バックを、しかもほとんどぶっつけ本番で試したのだろうか?

「3ラインを保った4-4-2は、ラインの間を巧みに使うベルカンプやリトマネンのようなタイプの選手を苦手にしている」
これは以前にも紹介したベルガー監督のユトレヒト時代のコメントだが、これはDFラインの前のスペース(バイタルエリア)を相手が意図的についてきた場合に、4-4-2ではそこを埋めるのが難しいということを端的に表したコメントだ。このコメントを踏まえて改めて清水の布陣を見てみると、なるほど監督の危惧したことが徐々にだが明らかになってくる。

清水の布陣を正しく表すならば後ろから3-4-2-1、3トップの中央の北島が実質ワントップとして挙動する。
他のポジションは比較的固定的であるが、唯一自由度が高いのがトップのすぐ後ろに控える久保山とアラウージョの二人のFWで、ここは通常シャドーと呼ばれる攻撃的ポジションだ。大分の基本ポジションである4-4-2の3ラインの戦術では清水の実質4ラインの配置、特にこのシャドーの二人の選手に対して大きなスペースを与える可能性が高かった。それを回避するために、瀬戸のアンカーを配置するというのは一種の賭けだった。

加えて言えば、プレッシングをコンセプトにするチーム同士のミラーゲームは、お互いが相手の時間と空間を削り合うがために、ボールの行き場が安定せず押し合い、蹴り合いに終始する試合が多いのだ。これはかつて90年代前半にセリエAで黄金期を築いたミランの4-4-2を他チームが形だけ真似たために、セリエAのどの試合も非常に大味な試合になってしまったという現象から既に明らかになっているこのスタイルをとるチーム独特の現象だった。

それこそ何十年も4-4-2を使い続けるベルガー監督ならば、そういったことを十二分に承知しているはずである。 チームのコンセプトを重視する監督が、単に中盤の攻守の要であるビチュヘがいなかったからといって全体のシステムを大きくいじるようなことはありえない。 だがコンセプトを貫くことだけに集中して、かえって試合をアンコントーラブルなものにすることだけは避けなければならないことだった。 いつもの布陣で戦いある程度の成果を挙げるのか、それともやり方を変えて相手を完璧に封じるのかといった葛藤の中でベルガー監督は正しい結論を導き出した。

だが、とうのベルガー監督は、試合後の記者会見でそういった意図をはぐらかす。
「今回もまぁやり方は一緒です。(守備の)6人と(攻撃の)4人に分けてやってました」
いつもとやり方が全く違うのは誰の目にも明らか。
酸いも甘いも噛み分ける百戦錬磨のベテラン監督らしく、次の対戦相手との駆け引きを強く意識したコメントだ。
相手の裏をかく秀逸な采配の裏で、緻密な駆け引きが行われているのが現在のJリーグだが、外国人監督たちの皮肉とも戦略ともとれる意図満載の発言は非常に面白い。

監督を石崎コーチへ引き継ぐことで体制が一本化された清水は、その内容をよりプレッシングサッカーへと傾倒させていくことだろう。
セカンドステージに今度は大分スタジアムで同様のカードが見られるが、そのときにもやはり石崎監督とベルガー監督の騙し合いがあるのか?
それとも両者全く別の手を打ってくるのか?
今からそれが待ち遠しくてしかたがない。

(seri)