イタリアの優勝請負人

■本名 : Fabio Capello(ファビオ・カペッロ)
生没年 : 1946年6月18日〜

■現役時代の経歴 :
▽在籍チーム
1963-67 : スパル(40試合3得点)
1967-70 : ローマ(62試合11得点)
1970-76 : ユベントス(165試合27得点)
1976-87 : ミラン(75試合4得点)
MF:イタリア代表(32試合8得点)
※彼の在籍年と優勝チームを要参照

■監督時代の経歴
▽就任チーム
1991-96 : ミラン
1996-97 : レアル・マドリード
1997-98 : ミラン
1998-99 : ミラン
1999- : ローマ
※彼の在籍年と優勝チームを要参照

▽タイトル
<ミラン>
92、93、94、96 : スクデット(セリエAリーグ優勝)
93-94 : ヨーロッパチャンピオンズカップ 優勝
<レアル・マドリード>
97 : スペインリーグ優勝
<ローマ>
00 : スクデット(セリエAリーグ優勝)

■成功を収めつづけるカペッロサッカー
選手としてのカペッロは、現役時代には国内の名門クラブやイタリア代表でも活躍する名MFであった。 現役を引退しミランのスタッフとして仕事をしていたとき、彼に思いがけずチャンスが巡ってくる。サッキがミランを去ることになったとき、後任をしてカペッロに白羽の矢がたったのだ。

当然、カペッロが新米監督ということもあって前評判は低かったのだが、周囲の予想に反しその後の5年間でなんと4回の優勝という離れ業をやってのけた。 (詳細はコラム「現代に生きるサッキミラン」を参照。) エレミオ・エレラ監督の伝統・カテナチオ以来、結果重視の風潮の蔓延するイタリアサッカー界においてカペッロは確かな地位を築いたのだが、これだけの成績であっても彼の評価はなかなか高くならなかった。
なぜなら彼の作り上げたチームにはサッキと比べ魅力に欠けているものだったからだ。

他の監督を圧倒するその成績から”優勝請負人”との異名を持つカペッロであるが、試行するサッカーは非常に現実的である。 カペッロのサッカーを極めて端的に一言で表すならば”面白くない”である。
彼のサッカースタイルを象徴する出来事として、例えば彼がサッキのチームを率いたときにまずしたこと、それはサッキサッカーの象徴でもある高いラインを下げることだった。 彼の得意とする守ってロングボールから前線に預けてカウンターというその攻撃について、当時ローマに在籍していた中田は 「僕の頭の上をボールが飛んでいく」「気が付いたら中盤には僕と、僕をマークする選手の2人しかいなかった」などと言わせるほど極端なものだった。

カペッロのサッカーは非常に守備的なために、試合自体の印象は”何も起こらない”というものだ。 カウンタースタイルを取りながらも、そのカウンターすら機能しているという印象は全くと言っていいほど無い。 つまり相手の攻撃を無力化しようとするあまり自分達もダイナミックな攻めは展開出来ず、その結果戦術的には両チーム拮抗状態へ持ちこまれてしまう。 だがこれはローマのような強豪クラブにおいては必ずしも悪影響とは言えない。

なぜなら相手も自分も良いところが出せず”戦術的均衡状態を作り出す”ことに成功したならば、後はひたすら強烈な前線の選手達の得点力やセットプレーなどで1点をもぎ取ることに専念する。 このように、サッカーを競技するのでなく90分間で問題を解決するクイズのように最終段階で自チームが1点だけ勝っているような試合を演出すること目標となる。

ただこれを意図的に行うにはまず相手が自分達よりも格下で、シーズンを通してその調子を維持できるよう世界的なストライカーを多数抱え、モチベーションが下がりそうなときにチームを鼓舞しつづけるリーダーシップを監督が発揮し、 選手達に強烈なパッションを持たせるなどの要素が必要で、これがなければこの論理は成り立たない。

そんなカペッロのサッカーを象徴したのが93/94シーズンで、
ミランは優勝したにも関わらず失点は15点とリーグ最小であったが変わりに34試合でたった36得点しかあげることが出来なかった。 エンターテイメント性に欠けたただ勝つだけのサッカーがファンにもフロントにも飽きられたカペッロは、フロント陣の後任探しの動きを見逃さず4度目のスクデットを取った年に勇退という形でミランを一度辞任している。

彼がミランを去ってから再びローマでスクデットを取っているが、その印象は今も変わらない。

■選手の感覚から生まれた数々の戦略
一般的にはカペッロは戦術家としての評価よりその手腕に対しての評価が高い。
そういったことの原点は例えばサッキなどには全く無い彼のプロ選手としての経験から生まれ出たもので、非常に面白い試みをいくつか行っている。

1つ目に、彼はMFやFWに多くの選手を抱えることでも知られている。
ミラン時代から毎年有名選手を(やりすぎなほど)大量に補強するやり方は今でも変わっていない。
これは彼が選手というのはシーズンを通じてコンディションとモチベーションを保ち続けることが難しいという考えに基づいているからだ。 だがこれは逆に彼のサッカーが選手のコンディションとモチベーションに大きく左右されていたことの証明でもある。

2つ目は、彼が開発したと言われている「ターンオーバー制」という手法がある。
これは1チームで複数のスタメンを維持できる戦力を維持することで、長いシーズンに不確定要素を出来るだけ廃しクラブとして安定した戦い方ができるよう生み出されたものだ。 現在ではこの手法は一般的になっているが、これも彼が現役時代にクラブと代表で1年を通じて多くの試合をこなした経験から来ているものだろう。

3つとして、彼の監督として最も優れている点なのだが、チームを戦術面以外について上手に機能させる工夫と気配りを行えるところにある。
そもそも彼は人格者としても知られており、特に選手への気配りは有名でそういったことは間接的に彼の取り入れたターンオーバー制を機能させることに役立っていた。 ターンオーバーに不満を持つ多くの選手(フリット、中田やモンテッラなど)も、チームに在籍していたときには結局は彼の駒として機能していたのである。 彼が選手にかける言葉の裏で本当はどう思っていたかどうかはさておき、人間同様その集団としてのサッカーチームは生き物として多くの側面を持つためそれを円滑に機能させる手腕に優れていることは名監督として評価するに値するものだろう。

■カペッロの方法論
サッキとカッペロの違いについて、ミランのある選手は
「2人とも厳格な面を持つが、サッキは練習においても妥協を許さない理想主義者、カペッロは厳格さの中にも自分の経験を照らし合わせて考える現実主義者だった。」 と言っている。サッキの練習が非常に厳しかったのは有名な話であるが、カペッロはそういった選手に対して無理強いすることを出来るだけ避けるようとする意思が分かる証言だ。
またかつてミランに在籍し彼の指導を受けたレオナルドは「彼は信頼できる人物でその点でテレと似ていた。」 「『彼は厳しいリーグで勝敗を決める要因はほんの小さな部分にある。』と言ってパスやセンタリングの上げ方などの技術的な部分に気を使っていた。」と言っている。 カペッロの言うことも確かにその通りなのだが、実際はこの発言は戦術的な積み上げのない監督のかなり典型的な常套句でもある。
今まで見てきても分かるように彼自体には戦術的なアイディア(特に攻撃に関して)はかなり乏しいと思われる。

■カペッロに見る監督のタイプ分類
_クライフのコメント
◆「カペッロは言われているほどいい監督ではない。彼のチームは何も特別なことをやってない。私は美しいフットボールが好きだが、ローマは結果ばかりに集中している。」

1つ付け加えるならば、カペッロは勝負にこだわりひどく負けず嫌いだ。だからクライフよりも結果に執着する。逆に結果が彼のサッカーの終着地点であるのでそれがどうしても求められる。

カペッロは負けず嫌いで、結果を重視し、人望があり、しかしあまり戦術的な素養を感じさせないタイプの監督だ。
なぜ戦術的な素養を感じさせないのだろうか?と考えてみると、そういったタイプの監督(選手)は往々にして”負け”あるいは”上手く行かなかったこと”を極めてネガティブに捕らえがちだ。 だたサッカーにおける戦術にはそういった感覚とは切り離されている部分が多い。

戦術には積み上げが必要である。
戦術的な積み上げをするには勝負の勝ち負けや感情を廃し、時間をかけて起こったことを後から冷静に分析し反芻する必要がある。 つまり彼のサッカーにはそれが感じられないのは、彼自身が負けることを極端に嫌う、あるいは感情を廃することが難しいために起こっているのではないかと邪推する。 彼が負けた後の対応としてやりそうなことは失点シーンと同じシチュエーションで守備練習をして問題を解決しようとするだろう。それが無理ならフロントに補強を頼むだろう。

逆に戦術家といわれる監督の多くは内容は重視してもあまり勝負にはこだわらない。しかも自分達の負けをあっさりと認めるような節がある。 これは戦術家としての素養は十分だが、逆に選手の心情を配慮する場合には無神経な印象も与えるであろう。

両方の対応を取れれば理想的なのだが、両者は水と油で交わることはない。
<seri>

■関連リンク
「現代に生きるサッキミランのサッカー」
「セリエA歴代優勝チーム」
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