■ロバノフスキーに思いをはせて・・・

■NBAとの出会い

実のところ、私はサッカーと出会う以前は生粋のNBAファンだった。
ロバノフスキーの戦術の原点となったNBA。そこに彼は何を見たのだろう?
私は普通のサッカーファンより幾分かだがNBAに詳しいので、少しだけそのことについて考えてみようと思う。

推測するに、それはおそらくセットオフェンスと速攻だったのだろうと思う。
バスケットにおける速攻は「ショウ・タイム」と言われるほど圧倒的に攻撃的で美しい。
その主な理由は、バスケット特有のハーフコートオフェンスにある。

ここで少しハーフコートオフェンスについて説明しよう。
バスケットでは自陣でボールを持つ時間に制限があり、一度ハーフラインをボールが超えてしまえばバックパスは許されていない。 これはより速く、より攻撃的な試合を演出するために考え出されたルールで、 よほどのことがない限りコート上の選手全員がいずれは相手コート陣内に集まることになるのだ。 これはサッカーでのGKの時間かせぎを許さない考えにも似ているが、それよりも遥かに制約が厳しいものになっている。

当然自陣に一番近い、つまり五角形の頂点に位置するPGと言われる選手は、 例えばサッカーでいうボランチのように基本的にキープ力に優れ試合を組み立てる能力に長けている必要がある。 大抵の守備を得意とするチームは相手にプレッシャーをかけ続けて、ボールを奪いその瞬間に攻撃に移るという術を心得ている。 そしてボール奪取の瞬間、相手は全員自陣側にいるので速攻が始まると全くと言って良いほど止めようがなく それはサッカーの決定率とは比較にならないほどで、それがプロによって行われるならば99%得点すると言っても過言ではないのだ。

強豪と言われるチームはこのシンプルなプレーを最も得意としている。 しかしそのためには必然的に守備戦術を整える必要があるため、NBAの監督達は一般に戦術理論に長けているのである。 もちろんアメリカの多くのスポーツで見られるように競技ルールの多さがそのアカデミックな研究を促進すると共に、 第一戦の一流ヘッドコーチが何冊もバスケットに関する著書を書いている。 実際、大学のコーチを経てNBAに入る監督達も非常に。

おそらくはNBAの組織的で華麗な速攻が、ロバノフスキーのシンプルなサッカースタイルの原点となったのだろうと思う。
余談ではあるが
NBAの現状と照らし合わせると、現在のサッカーはアカデミックな研究は非常に立ち遅れていると言わざるを得ない。 例えばシステム変遷について歴史的な検証を含めた文章が書籍で容易に読めないことが問題なのであって、現ユベントス監督のリッピは他の凡庸な監督達について「みな形ばかり真似する・・・」と嘆いている。 戦術やシステムの研究自体が監督の独学による発展を遂げてしまっていること、それに頼らざるをえないのも問題だ。 それも全てサッカー研究で世界をリードすべき欧州にそういった動きが少ないためである。

ある番組でトルシエ監督の専属通訳であったフローラン・ダバティー氏が「欧州ではサッカー解説などの仕事にはつかなかったろう」と言っている。 つまり日本ではサッカーをアカデミックな視点で語る素地が出来つつあるのだが欧州ではそれは皆無で、 実際フランスではつい最近まで労働者のスポーツであるサッカーの職につくことはあまり良いこととはされなく、 彼自身はフランス人の有名作家の息子(らしい)のだが、そういった上流社会では尚の事そうだという。

さらに同じフランス人であるベンゲルについても「彼は実はあまり育ちは良くないので話すフランス語の発音が変なために、それを気にして国内のメディアの前で話すことはあまりない。」と言っている。
日本ではかなり知的な印象があったためにそのことには驚いたが、だから逆に出身階級の違うトルシエとの付き合いは非常に面白かったそうだ。

フランスだけではない。
本家のイングランドの上流社会では、ポロやクリケットはスポーツでもフットボールはスポーツではないという思想がある。 もちろん本当にそう思っているわけではないだろうが、彼らの求める”スポーツ”というものが教育的あるいは道徳的意味合いを含んでいる。 そういった視点から言えばフットボールはあまりに野蛮で、そもそもが労働者が大多数を占める競技であるということがそういった考えにつながっているのだ。
労働者のスポーツであるフットボールが欧州上流社会に受け入れられていない。そのことが学術的発展の大きな妨げになっているように思う。
<seri>

■カウンターについて・・・

サッカーダイジェストかマガジンか忘れてしまったが、柱谷哲司氏の連載で当時の日本代表を振り返るというものがあった。 それで、ファルカン時代の話題も出てきたのだが、おおむね選手達には不評だったようだ。
「自分達よりも力が劣る相手が多いアジア予選にも関わらず、カウンター主体のチーム作りを行った。」ことが主な理由だ。
これについて選手達は、相手が前にこないのに後ろにいてもしょうがない、などの理由でフラストレーションをため、結果としてファルカンジャパンは半年で解散した。

この話を聞いての感想は人によって様々だろう。
選手はファルカンに対して「日本の力がなめられている」と思ったかもしれない。
「当時の日本代表の実力は低いのだからプライドばかり高くても仕方ない」
こう思った人もいるだろう。
私はファルカンは理想が高すぎたのではないかと今では思う。
日本代表と世界との力関係を冷静に分析し、ワールドレベルのチームに対してまがいなりにも勝ちを狙ったのだから。 アジアレベルではその必要がなくても世界相手に勝利を得たいのなら、チームの根幹にカウンターを置かなければならない。 大直前の付け焼刃のカウンタースタイルでは強豪国には決して通用しないだろう。相手が自分達よりも力が下であっても、戦術としてカウンターを貫き通さなければ意味がないのだ。 アジア予選からカウンターを採用したファルカンは、ある意味では正しかったのだ。

さて、ヨーロッパでは決して規模が大きくないディナモをCLで何度も躍進させたロバノフスキーの方法論も同様のものだ。 ウクライナリーグは、ディナモに選手が一極集中した時代が長く続き、リーグでディナモの力は明らかに抜けていた。 しかし、ディナモがそのような国内リーグで採用した戦術もやはりカウンターだった・・・
この自己分析力と戦術の一貫性が、ディナモ・キエフにCL、ベスト4という栄冠をもたらしたのかもしれない。
<GAITI>

■関連リンク
「ヴァレリー・ロバノフスキー」