■現代に生きるサッキミランのサッカー

2001年12月22日、イタリアのヴェローナでキエーヴォ対ローマの1戦が行われた。
それまでホームで無敗を続けていたデルネリ率いるキエーボ・ヴェローナは、 カッペロ率いる昨年の覇者ローマに数的優位を作りながらも0−3の完敗を喫す。 ローマの勝因はキエーボの両サイドを封じたことにあった。

試合後、カペッロはそのシーズンで大躍進を遂げたプロビアンチの弱小チーム、キエーボ・ヴェローナのサッカーを「あんなものは古臭いサッカーだ!」と一蹴する。 キエーヴォの強さがデルネリの浸透させた戦術に起因しているのは、誰の目にも明らかであるにも関わらずだ。 サッカーの戦術には歴史的文脈が付き物だが、先のカペッロの発言も確かに納得できる部分はある。 例えばキエーヴォのサッカーは高いラインとプレッシングを基調としたもので、カペッロの指摘通り現在のイタリアでは見られなくなった、ある意味では古臭い戦術である。

だが現在進行形でそういった戦術がそれなりに有効に働いているにも関わらず、そのサッカーに対する名将の発言が”古臭い”では、いささかぶしつけな印象ある。 このときのカペッロの真意は一体どこにあったのだろうか?

それを知るためにはカペッロの率いてきたチームのサッカーに触れていく必要がある。


■サッキとカペッロの確執
かつてともにミランを率いた名将アリゴ・サッキと同じく名将ファビオ・カペッロはそのサッカースタイルの違いに起因する考え方の違いなどから犬猿の仲で知られている。 サッキはかつてミランを率いてそれまで低迷したチームを就任1年目でいきなりのスクデットへ導いた。 カペッロは新米監督ながらその後を引き継ぎ、その後の5年間で4度もミランを優勝に導く名将となった。

輝かしい成績を残すカペッロだがファンにはそのサッカーはひどく評判が悪かった。 カペッロのスタイルが非常に守備的で、しかも攻撃が単調であったためファンからは「成績は残すが面白くない」と言われていた。 前任のサッキが「強いし面白いが成績が伴わない」という理由で監督を追われることになったように、名門チームへのファンの要望はとどまるところを知らない。 そしていつしか遂には退屈なサッカーよりも攻撃的なスペクタクルを求める声が高まり、サッキ待望論がささやかれるようになった。 このときのカペッロの気持ちはどのようなものであったろう?「これほどの成績を残しているのに一体何が不満なんだ?」 熱狂的ファンに愛されカリスマ性のあるサッキに対して、はらわたが煮え繰り返る思いであったに違いない。 サッキはそんなカペッロのサッカーを「相手を圧倒できなければ強豪とは言えない。」と容赦無く切り捨ててしまった。

そうして2人の関係は修正不可能なものとなっていった。

■サッキからデルネリへ
サッキ時代のミランは確かに強かったが、しかしなかなか優勝にはなかなかめぐまれなかった。 そんなサッキのサッカーに対しカペッロは同じミランを率いて、サッキの理論からくるチーム戦術に彼独特の実践的な方法論を持ちこんでいった。 就任して1年目に今だ伝説となるセリエA無敗優勝を遂げる。

カペッロは知っていたのだ。サッキの言った通りのことをそのままやっていたのでは優勝は無理だということを。 そしてカペッロはサッキのサッカーを否定し、ミランのDFラインの修正に着手していった。 サッキのころはあまりにもラインが高すぎたために集中的に裏を突かれてからの失点が多かったが、カペッロはそのラインをもっと下げるように要求した。 1年目にはまだ裏を突かれるシーンも目だったが、2年目にはそういった失点は全く無くなっていた。 カペッロは攻撃のアイディアは乏しかったが、DFラインの修正には成功したかに見えた。

だがカペッロ体勢も4年目入ると突如チームは崩れ、優勝を逃す。
5年目になるとさらにそれはひどくなり、もはや収拾のつかない状況になっていたのだが、 しかしリベリアの怪人ウェアのバロンドール受賞のきっかけとなるスーパーミラクルパフォーマンスによってミランはまさに奇跡を起こして優勝する。 カペッロはその高いラインが彼のポリシーに反していただけで、実はそこまで計算してDFラインを修正したわけではなかったのだ。 ただサッキとカペッロという両極端の戦術的ポリシーを持つ名将同士の攻めぎ合いの中で生み出された突然変異、それこそ黄金期のミランという怪物を生み出したのだった。

一転して、サッキの信奉者でもあるデルネリ率いるキエーボには、まさにサッキミランのそれとかなり共通する部分が見られる。 プレッシング、高いライン、オフサイドトラップ、両サイドの積極的攻撃・・・選手の力こそ違えど、 その戦術的な要素から方法論に至るまでほとんど同じといっても過言ではない。

カペッロが一度は否定し、払拭したはずのサッキミランの戦術。
同様の質を持つキエーボのそれは既に知り尽くした弱点を突いてやれば、戦力的に優位なローマを持ってすれば造作も無いことであった。 先のような発言は、忌々しいサッキの幻影が10年の歳月を経て再びカペッロの前に現れたことへの、強烈な拒絶反応だったのかもしれない。

■現代に生きるサッキミラン
現在、上記のキエーヴォの他にもサッキミランのエッセンスを持ったチームが存在する。
先のワールドカップで好成績を残したアメリカ代表である。
特にここ2、3年の彼らのパフォーマンスは素晴らしく、2000年のシドニーオリンピックでは優勝候補の日本を破り、 2002年日韓ワールドカップでも優勝候補のポルトガルを一蹴、さらに決勝トーナメントでは大会準優勝国のドイツに対しても内容的には圧倒していた。

アメリカサッカーの強さは、アメリカ自体はサッカー後進国でありながらも、スポーツ科学分野で世界の最先端を行くということに起因している。 当然だが、世界レベルの選手はほとんどいない変わりに、ナショナルチームは選手達を拘束する時間を許容され、 また先のような最先端の科学的トレーニングによって選手達のアスリート能力は際限無く鍛え上げられていった。 何せアメリカは”世界で最も飛んだり跳ねたりが得意な国”なのだ。

そんなアメリカ代表のサッカーの特徴は、
「4−4−2」
「プレッシング」
「両サイドの激しい上がり」
「ドイツを圧倒するほどのフィジカル」の4つだ。
これはどれもサッキミランが当時見せていたサッカーに含まれるエッセンスである。 若干違うのはアメリカは取る戦術がカウンターであったために、若干引き気味のラインを使っていたことだ。 このようにしてシステマティックで当たりもハードな組織守備と、走力と連携力を生かす両サイドを経由したカウンター攻撃という極めてシニカルなサッカースタイルが生まれた。

この他にも「味方のシステマティックな動きを信用したノールックパス」などサッキと言うよりは、 むしろロバノフスキーのロボットサッカーと言われる所以となった、まさにそれと同質の動き出しが見られたのもなかなか面白かった。 例えるなら現在のアメリカはミランのエッセンスを持ったロバノフスキーのサッカーと言った方がイメージは近いのかもしれない。

今後、デルネリに代表されるような若手監督によって再びサッキミランを彷彿とされるチーム作りが行われ、 その戦術の可能性が検討されていくことも十分に考えられるだろう。
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