祝ジュビロ完全優勝!〜鈴木政一監督特集(前編)〜

■本名 : Suzuki Masakazu(鈴木政一)
生没年 : 1955年1月1日〜

■現役時代の経歴 :
▽在籍チーム
1977年〜1984年:ヤマハ発動機(株)

■監督時代の経歴
▽就任チーム
1984年:ヤマハ発動機(株)サッカー部コーチ就任
1991年:ヤマハ発動機(株)サッカー部総監督就任
1993年:ジュビロ磐田サテライト監督就任
1994年:ジュビロ磐田サテライトチーム優勝
1995年:ジュビロ磐田強化部育成課長就任
1997年:ジュビロ磐田強化部育成長兼スカウト就任
1999年:ジュビロ磐田スカウト部長兼強化部育成課長就任
2000年:ジュビロ磐田トップコーチ就任/ジュビロ磐田監督就任
2001年:ジュビロ磐田監督

▽タイトル
2001年:1stステージ制覇
2001年:ナビスコカップ準優勝
2002年:1st&2stステージ完全優勝

2001年:Jリーグ年間最優秀監督賞
2001年:AFC月間最優秀監督賞(7月)

■『個』を生かすための戦術カスタマイズ〜スカウト経験がもたらしたもの〜
鈴木監督は2000年9月にハジェブスキー監督からバトンを受け継いだが、 彼は当時の状況を表して「選手ひとりひとりの能力を最大限に出しきれていない」と感じたと語っている。 そして、この一言が鈴木政一の監督としての特性を見事にあらわしている。

鈴木監督は杉山隆一(元ジュビロ磐田シニアスーパーバイザー、メキシコ五輪銅メダリスト)やハンス・オフトといった 人達から指導者としての能力を高く買われていた。彼自身、オフトからそう言う話を聞いて始めて指導者の勉強を始めたと語っている。 高校のときにキャプテンとして試合の反省会を行ったり、トレーニング方法を自分で考える環境があったことも 彼の監督としての素養にプラスの経験を与えのかもしれない。

そして、彼の監督としての現在の栄光に決定的な影響を与えた要因としてジュビロでのスカウトとしての経験が上げられる。

その経験から得たこととして具体的には2つ上げてみる。
1つ目は、現在ジュビロに所属している選手の特徴を詳細に把握していること。
2つ目は、スカウトとして色々なタイプの選手を見続けたこと。

それぞれまとめて説明していく。
現在、ジュビロの主力として活躍している藤田、名波、服部などはスカウト時代に彼自身によって集めた選手達で プレースタイルはもちろんその性格まで深く理解し、把握している。 彼のチーム作りはそれを生かし、個人の特徴を考慮して行う。
余談だが、選手の特徴を把握しているという情報面での優位性は現在の鈴木監督の拠り所になっているように思う。 『選手ひとりひとりの能力を最大限に引き出す』 という彼のこだわりは選手時代決して一流ではなかったが、この部分だけは他の誰にも負けないという 自身の過小評価とつながる、ある意味劣等感と綯い交ぜになった非常に複雑な感情が見え隠れしている。

しかし、選手の能力を最大限に引き出すには、選手の特徴を把握しているだけではもちろん足りないし、 なにより私が鈴木監督を評価している部分は(このような情報面での優位性ではなく)スカウト経験が与えた 選手への観察眼に起因する監督としての能力の方である。

スカウトという職業はシビアかつシンプルな職業で、自分が取ってきた選手が活躍すれば成功で、逆だと失敗である。 そんな中、プロのスカウトとして選手を見る場合、その選手の将来性というエクスキューズはつくが、 それを含め実際ジュビロ磐田の選手としてピッチに立って、その戦術の中で何が出来るかを見ることになる。 質の高い選手でも戦術に合わなく機能しないという話はそれこそ枚挙の暇がないが、 スカウトとして選手を見る場合、この自チームの戦術というフィルターを通して選手を見ることになる。 つまり、選手が個人としてまず何が出来るかを見、 かつそれがグループ戦術またはチーム戦術としてどう役に立つのかということを見抜く能力が養われるということである。

例えば、藤田は短い距離のワン・ツーやスペースへの飛び出しを得意としいている。 それを生かすために、意識して人口密度の高い地域に配置して局面打開の仕事を任せたり、 2トップをサイドに開かせトップへの飛び出しを促したりするといったことがそれに当てはまる。

どのような選手が成功し、失敗するのかといった凡例をスカウトとして数多く見たことをみられたことによって、 選手個人に対する観察眼とそれをチームとして生かす術をより特化した形で鍛えられた__ これはジュビロ磐田をJリーグでも歴代最強といえるほどのチームにした鈴木政一の監督としての特筆すべき点である。

■ビッククラブとの親和性〜デルボスケとの共通点〜
この鈴木監督と似たような経歴で成功した監督としてレアル・マドリーのビンセンテ・デルボスケが上げられる。
デルボスケもスカウト出身という経歴を持っていて、監督就任当初はただの‘つなぎ‘と考えられていた。 しかし、彼はリーグ優勝やチャンピオンリーグ優勝といった輝かしい成績を次々と残していき、2002年12月現在も栄光のレアル・マドリー最高指揮官である。 しかし、彼を名将とするかどうかは評価が分かれるところだ。

レアルは戦術よりも『個』を生かすサッカーといわれている。 ラウール、フィーゴ、ロベルト・カルロス、シダン、ロナウドなどそれぞれがバロンドールクラスのタレントを大量に抱え、 その『個』の力で他チームを圧倒してしてしまうこともままある。そして、このことがデルボスケの評価を曖昧にしている部分である。 つまり「これだけの戦力があれば誰が監督をやっても同じだ」ということだ。

レアルは確かに個を生かすサッカーはしているが戦術がないわけではなく、誰が監督に付いても現在の成績を残せるわけではない。 現在のこの強力な個をなんとか組織として機能させているのは、まさしくデルボスケの手腕による部分が大きく、そう言う意味では彼は紛れもなく名将である。 デルボスケの特筆すべき部分は鈴木監督と共通する『個』を生かすように戦術をカスタマイズしていく能力に優れている点である。

特に欧州のサッカーはクラブ間のヒエラルギーが明確で、選手の目標はおのずとビッククラブでのプレーへと収束していく。 そのような状況からビッククラブは望む望まないに係わらず選手の入れ替えが激しく、ヒエラルギーの頂点としての立場から時には望まない選手すら獲得することすらある。 欧州クラブの頂点に位置するレアル・マドリーも当然その例に漏れず世界中の一流選手が集まってくる。しかし、スター選手の度重なる獲得は時にはチームのバランスを崩すことにつながり 監督としてはもろ手を上げて歓迎できる事柄では実はない。だからといってジダン、ロナウドなどをベンチに置くわけにもいかず、何とかして使わなければならない。 その都度一度出来上がったバランスを再構築せねばならず、監督のデルボスケはさぞかし頭を悩めたことだろう。

しかし、レアルがジダンに加えてロナウドといった稀有なタレントが加入したにもかかわらず、組織としてのバランスを保つことが出来た理由は 監督のデルボスケの卓越した個人の特徴を見抜く目とそれに合わせて戦術をカスタマイズしていく能力によるところである。 例えば、ラウールを1トップで使ったことはグラウンダーのパスが多いレアルならば機能するだろうという読みからであり、ジダンを左サイドで使っているのは ロベルト・カルロスのカバーリングを当てにしてだろう。

このような個人の特徴を考慮した柔軟な選手起用はいわゆる戦術家といわれるサッキやクーペルといった監督達ではまず考えられない デルボスケや鈴木監督のようなタイプは今いる選手を生かす意味で卓越した才能を有している。 このような能力は卓越した個を数多く有するビッククラブにおいて個を生かしたドリームチームを作るという_例えばファンハールのアヤックスとは別の意味での_ビッククラブとしての回答を示したといえるのではないだろうか。
(GAITI)