第4回 : 「モダンサッカーとリベロの死(1) 〜六月の勝利の歌によせて〜」

■なぜ3バックなのか?
「現代のサッカーに適しているのは4バック。3バックなど時代遅れの戦術だ」
ディフェンスラインについてそういった意見を聞くことは実際多い。 そして次に続くのは大抵こんな話だ。
「だからJリーグや日本代表はいつまで経ってもダメなんだ」
「でも3バックを採用するチームは欧州にもあるよ」
「強いチームは全部4バックさ」

なるほど、確かに欧州のクラブでは圧倒的に4バックを採用するチームが多い。
3バックがよく見られるのはイタリアとドイツくらいなものだ。
チャンピオンズリーグに出てくるチームのほとんどが基本布陣に4バックを採用している。
Jリーグのチームの過半数が3バックであるのは、ある意味異常と言えるのかも知れない。

しかし、そのことでは「3バックが戦術として劣っている」ということを示しようがない。 それどころか3バックという大きなハンデを背負いながら4バックのチームに勝利を収めた多くの事例を我々は知っているはずだ。 そもそも強豪クラブに4バックが”多い”最大の理由は、統計学的にいえば圧倒的に4バックを採用するチームが多いからである。

これが逆ならばわかる。
つまりほとんどのチームが3バックを採用しているにもかかわらず、
4バックだけが上位に残るならばそういった意見にもある程度の根拠を見て取れる。
こうした欧州の現状を正しく言い表すならば、「3バックは4バックよりも特に優れているというわけではない」ということだけだ。

3バックは劣っているのか?あるいは優れているのか?
今シリーズでは、現代的なサッカーの守備戦術を紐解きこうした議論に一定の解答を出そうと思う。
まずは現代における3バックの戦術の一例としてトルシエ時代の日本代表について取り上げる。
その格好のサンプルとして2002年ワールドカップに望んだ日本代表選手達の一ヶ月を追った
ドキュメントDVD「六月の勝利の歌を忘れない」より、選手間で行われた戦術的な議論や練習時の監督の指導方針を検証していくことから始めることとする。

■「六月の勝利の歌を忘れない」への解説


 <シーン1> : DFラインのディレイに関する約束事の確認 (CHAPTER 5.23より)


< 本編 >


< 解説(一部意訳を含む) >


中田:いっしょに止まっちゃったらさ
   ここでこう出された時に
   オレだけこうなってるから

秋田:深くなっちゃう

中田:そうそう

秋田:最後ね、最後ね

中田:そう。だから最後の時に
   なるべくボールは隆三さんに行かすようにして
   アキさんもちょっと引いて

   で、こう逆ふられたら
   アキさんそのままいけるし
   こっち出されたら
   そのまま行けるし

   


秋田:隆三来た時にオレは
   こういう風に行ったけど
   こういう感じになればいいんだな、三角形にな

中田:そうそうそう

森岡:一番やなパターンがさ
   システムすげー気にしすぎて
   なんか、どっちかがこう
   上手く行かないってなった時に
   そっちばっか気にしちゃって
   なんか余計あわてちゃうのが
   一番いやだから・・・

中田:ここら辺とかだったら、もう
   止めちゃってもいいと思うけど
   多少遅れても
   まん中辺だったら
   ペナ付近だったら
   引いた方がいい
   
   止めるより
   オフサイドとる方が
   きついと思うから
   ペナ付近だと
   
秋田:止めちゃって?

中田:ペナ付近だと止めない方がいいっすね

秋田:あー、止めない方がいい

森岡:まん中から攻められて来た時
   ライン止めるの難しいっすよ

秋田:まん中からドリブル来た時に
   隆三が出て、キュッと出して
   しぼって外に出させて
   もっかい行くって感じ?

中田:そうそうそう


森岡:まん中からヒデがさっきみたいに
   ドリブルしてとか、まん中来た時に
   オレが前に行ってライン止めると
   出すところがあまりにも
   ありすぎるから
   
   右から来たときにはオレが
   秋田さんにオレが指示出すし
   コージがオレに
   ラインあわせるじゃん

   左の時は、
   オレがコージに指示出して
   オレが止めて
   そろえるじゃん

中田:逆サイドにある時は
   オレが見ていて
   アキさんがふつうに
   ひいてたりしても
   オフサイドとれる時は
   オレがライン見てるから
   とれるんですよ
   だいたい

   オレは全然見えてないけど
   アキさんは見えてると思うから

秋田:後ろにいるやつをね

森岡:それでもつい行かなきゃ
   まずいと思ったら
   ついて行ったほうがいいと思うし

中田:まぁ、基本的には
   自分のサイドは見えないから
   ついて行った方がいいと思う
   むりに止めようとしないで

   

中田:相手が中央からドリブルしてきた時には
   森岡が対応することになるが、
   そこでDFラインを揃えることに専念するあまり
   秋田まで一緒に止まってしまっては、
   その中央からパスが出てしまったときに
   自分だけラインよりも後ろに下がっていることになり
   オフサイドもとれず、カバーリングも出来なくなってしまう。

   

中田:そう。だから最後の時に
   なるべく(中央からの)ボール(への対応)は
   隆三さんに行かすようにして
   アキさんも(逆サイドの自分と同じように)ちょっと引いて
   で、こう逆(秋田にとっての逆サイドである左に)ふられたら
   アキさんそのまま(二段構えのDFラインを保ったままで)いけるし
   こっち(秋田のサイド)出されたら
   そのまま行けるし







秋田:隆三来た時に(森岡のいる中央へ攻撃が及んだ時に)オレは
   こういう風に行ったけど
   (森岡の前に回りこんで対応しようとしたけど)
   こういう感じになればいいんだな、三角形にな

   
   

中田:ここら辺(ピッチ中央付近)とかだったら、もう
   (DFラインを)止めちゃってもいいと思うけど
   多少遅れても
   まん中辺だったら
   ペナ付近だったら
   (三角形を保つやり方で)
   引いた方がいい
   止めるより
   オフサイドとる方が
   きついと思うから
   ペナ付近だと


森岡:(さっきの練習の時に)まん中からヒデがさっきみたいに
   ドリブルしてとか、まん中来た時に
   オレが前に行ってライン(を揃えた状態で)止めると
   出すところ(DFラインの裏のスペース)があまりにも
   ありすぎるから
   右から(相手がドリブルして)来たときにはオレが
   秋田さんにオレが指示出すし
   浩二がオレに
   ラインあわせるじゃん

   

   左の時は、
   オレがコージに指示出して
   オレが止めて
   (DFラインを)そろえるじゃん

森岡:それでも(背後に抜けるFWの動きが早すぎて)つい行かなきゃ
   まずいと思ったら
   (そういった約束事を無視してでも出来るだけセーフティーに)
   ついて行ったほうがいいと思うし

   

中田:まぁ、(今の約束事を確認すると)基本的には
   自分の(対応している)サイド(からで)は
   (DFラインのそろい具合は)見えないから
   ついて行った方がいいと思う
   むりに止めようとしないで

シーン1は代表に新しく入った秋田が中田浩二と森岡にディレイ時のディフェンスラインの動きの確認を行う場面だ。 最初、秋田は慣れ親しんだ3バックの両サイドのストッパーと中央に構えるリベロの関係性を重視し、 相手のドリブルでの侵入に対して常に後ろを森岡がカバーできるような動き方を意識している。

ところが中田浩二は「秋田さんが行くのではなく、リベロの森岡にあえて対応に行かせればうまくいく」と指摘する。

本文でもあるように、森岡が中央からセンターの攻撃をカットする(こういったディフェンスの対応を俗にストッピング、あるいはチェッキングという)ことで 相手の攻撃を左右に振り、同時に両サイドの中田と秋田のCBは下がりながら内に絞っていくことで森岡のカバーリングが出来る。 加えて、二人でラインを形成することが出来るのでギャップを相手に突かれることがないとこの対応のメリットを語る。

森岡は下がりながらの対応ということでDFラインは深くなるとしながらも、「こういった緊急時でも高い位置を保ってしまうと 裏のスペースを簡単に破られてしまうからこちらの方がいい」といっている。もちろんこういった本来のリベロがストッパーへと転身するような ストッピングの手法は森岡の独創ではなくトルシエからの指示であったことが、ワールドカップ後に行われたフットボールカンファレンスによって明らかになっている。

こういったリベロのストッピングの考えを延長したものに、リベロがボランチのように挙動して中盤でのプレッシングに参加するというものがある。 本編でもトルシエはリベロに対し、
「プレスと同時にDFラインを押し上げないといけない。同時に3人の中央の人は中盤に出て行ってプレスに参加してほしい」
と要求している。

これはトルシエの3-5-2でよく見られた連動性の問題、つまり積極的な上下動を行うDFラインとプレッシングを行う中盤の動きが連動せずに乖離してしまうという問題を、 戸田の加入とリベロのプレスと連動したストッピングにより中盤とDFラインの”継ぎ目”を埋める作業により解決した好例である。


 <シーン2> : サイドに張る相手の対処に関する議論 (CHAPTER 5.31開幕より)


< 本編 >


< 解説(一部意訳を含む) >


森岡:すごいサイドにはってる場合は
   返すしかないよ

   マツが行き過ぎるよりは
   返した方がいい

松田:あんまり軽くセンタリング
   入れられるのもいやじゃない?

中田:遅らせといて・・・(ここから練習に入ってしまう)

森岡:・・・あげられ過ぎるの大問題

   

森岡:すごいサイドに(相手が)張ってる場合は
   (同サイド側のWBを)帰すしかないよ

   <字幕に誤り:×返す → ○帰す>

   松田が行き過ぎるよりは
   (リスクを負わないようにWBを)帰した方がいい

松田:でもそうなるとWBが戻るまでに相手との間合いが空いてしまい、
   相手に時間を与える分だけ、ベルギーの大柄のFWに
   簡単にセンタリングを入れられてしまうのでは?


   

これは3バックの弱点であるサイドの非常に高い位置での対応についての議論だ。
3トップでもない限り、こういった変則ポジションをとる選手にはフリーの状態でボールは回ってこないのだが、
対日本ということを考えた場合には相手も自分達の布陣を部分的に歪めてこういった変化を行うことが予想された。

もしそういった選手にボールが入った場合には誰が対応するべきなのかが議論の対象で、
ここではWBに声をかけて、もし相手がそうしてきたときにはこうした対応に変更するとしている。


 <シーン3> : ラインの押し上げに伴う2列目の飛び出しへの対処 (CHAPTER 5.31開幕より)


< 本編 >


< 解説(一部意訳を含む) >


   

中田
英寿:ありがちだから
   結構こう見てること多いからさ
   自分達も
   今のがさ、結局3メートル
   あるけどさ
   サイド、あるから
   あれって結局、マンツーマンで
   見ているつもりでも見れてないじゃん

   


説明:サイドの深い位置へのスルーパスに走り込んだ稲本が、
   そこからグラウンダーのセンタリングを上げる。
   マイナスに折り返されたボールを待ち構えていたトルシエは、
   一斉に押し上げたDFラインの裏へ向けてロビングのパスを送る。

   DFラインの中にいたFWの選手達はこれによりオフサイドとなるが、
   そのときラインの前でタイミングを見計らって動き出した中田が
   サイドから裏へ走り込むと簡単にフリーになってしまう。
   パスがやや短く、この場面では秋田がヘディングでカットした。


   こういったディフェンス時の対応について
   中田が次のような意見を述べる。







中田
英寿:ありがちだから
   結構こう(前だけを)見てること多いからさ
   自分達も(だぞ)
   今のがさ、結局3メートル(ルールの原則に則っては)あるけどさ
   サイド(から飛び込んでくる攻撃も)、あるから
   あれって結局、マンツーマンで
   (中盤からの飛び出しを)
   見ているつもりでも見れてないじゃん

   

これはディフェンスラインの押し上げ時に予想されうる相手の2列目からの飛び出しへの対応の練習である。
この場面では守備陣の対応に中田が厳しく指摘するシーンが残っている。

「前だけ、ボールだけを見ていることが頻繁にある。中央からでなくサイドから飛び出してくる場合もある。
ラインを上げるだけでなく、そういった人を捕まえる意識を持たないと」

確かに2列目からの飛び出しを捕らえることは簡単ではない。
しかし事前にそれを想定していたなら話は別だ。
残念ながら直前に練習まで行ったこうした意識は最後まで改善されることはなく、
全く同じシチュエーションからベルギー戦で同点となるゴールを決められている。


 <シーン4> : ウェーブの動きを用いたDFラインでのボール回し (CHAPTER 6.3より)


< 本編 >


< 解説(一部意訳を含む) >


トルシエ:大きくウェーブをしよう

   自分で運んで、戻って
   大きなウェーブ

   服部に押し出して
   ワンタッチでもいいよ

   もっと運べ運べ
   前に、自分で

   

   こういう努力
   しないといけないよ



   (右の秋田がドリブルで少し突っかけてから
    戻して宮本にパス)

   (宮本は横にスライドするようにウェーブで間合いを広めながら
    視野を確保して逆サイドの服部にパス)

   (服部も同様にウェーブの動きで視野と間合いを
    確保しながらサイドを駆け上がりパスをもらう)

   

  ※ここで用いたウェーブは広義のボディーシェイプで、
   ベクトルと距離を常に変化させて、相手のプレッシャーを避け
   逆サイドまでのボール運びを容易にする。
   

この場面では、現代表でも問題となっているDFラインでのボール回しの効果的な練習を行っている。 秋田がドリブルで中盤までつっかけるようにして相手のマークを引き付けすかさず中央に宮本にパス。 宮本は相手がサイドへのシフトを解いて、新たな守備の体制を整える前に出来るだけ素早く、ワンタッチで逆サイドの服部へボールを送る。 ボールを受けた服部は薄いサイドを駆け上がりながら中盤と連携するように攻撃に参加する。 もし相手の戻りが早くても、同じように逆サイドへの展開を行っていく。 もちろんこういった動きの中にボランチや引いてきた中盤のサイド、トップ下などが加わっていくことで選択肢は大きく広がっていく。

トルシエが就任してから頻繁に用いられるようになったこの”ウェーブ”の動きは、何もFWが裏に抜けるための動きにだけ使われるわけではない。 こういったDFラインの中や中盤でも使われている汎用性の高い技術だ。 また、この動きは出し手にとっても受け手にとっても視野を広げ、パスコースを作ることが出来るという意味で 広義のボディーシェイプに属してもいる。


 <シーン5> : DFラインの押し上げに関する現実的な対応 (CHAPTER 6.8より)


< 本編 >


< 解説(一部意訳を含む) >


森岡:もうペナ(ルティーエリア)だね
   ほんと
   最初ペナだよ、どう考えても

中田:もうでっかくクリアしたら
   そっからまた上げればいいし
   相手ボールになったら、ペナの
   とこに止めておいたほうがいい

森岡:ていうか、俺一番無駄に上げて
   無駄に疲れるの嫌いだから
   だから、テメーらが攻めてる
   時に長いボールが行って

松田:で、そういう分には
   ぐがーって上げてくるの?

森岡:いや、そういう時も、せめて
   明らかにマイボールの時に
   必要以上にダッシュで
   ハーフラインまで上げる
   必要ないと思うし

中田:それ、ゆっくり上げれば
   いいってこと?

森岡:体力もほんとになくなると思うし
   そういうところで

松田:でもあいつは
   すっげぇうるせえじゃん
   でもまあ、試合で点取られなきゃ
   いいんでしょ?

   

森岡:もうペナルティーエリアだね、ほんと
   (ラインを押し留めておく位置は)
   最初ペナだよ、どう考えても

中田:もうでっかくクリアしたら
   そっからまた(DFラインを)上げればいいし
   相手ボールになったら、(無理に押し上げるのでなく)ペナの
   とこに止めておいたほうがいい

森岡:ていうか、俺一番無駄に(思えるほど全力でラインを)上げて
   (そうやって自分達のボールなのに)無駄に疲れるの嫌いだから
   だから、テメーらが攻めてる
   時に長いボールが行って

松田:で、そういう分には(そういうマイボールにできる状況の時には)
   ぐがーって上げてくるの?

森岡:いや、そういう時も、せめて
   明らかにマイボールの時に
   必要以上にダッシュで
   ハーフラインまで上げる
   必要ないと思うし

中田:それ、ゆっくり上げれば
   いいってこと?

森岡:体力もほんとになくなると思うし
   そういうところで

松田:でもあいつ(=トルシエ監督)は
   すっげぇうるせえじゃん
   でもまあ、試合で点取られなきゃ	
   いいんでしょ

おそらくここが本編の中でも特に有名な場面なのではないだろうか。
彼らの口から漏れるのトルシエの戦術的なこだわりに対する不満、それに対して反発して自主的に現実的な戦略を練り直していく様が描かれている。 少なくとも普通の視聴者にとってはそうとられても仕方がないし、映像の編集点の作り方からしても製作者側のそういった意図が伺える。

しかしこれはあまりにも過剰な演出だったように思える。
なぜならばここで話されていることはあまりにも普通のことだからだ。

それを説明する前に、まずディフェンスラインのコントロールについての基本事項を押さえておこう。
(以下の引用は、鹿島で活躍し現在は鹿島コーチを務める奥野 僚右氏の「DFセミナー:ラインコントロールで相手の攻撃を封じる」から)

―――まずラインを押し上げるときは相手が背中を向けているときとボールをバックしたときで、ラインはボールと同じ距離だけ上げるようにする。基本的にボールを持っている相手が前を向いているときにディフェンスラインを上げてはならない。逆にラインコントロールで最もやってはいけないのが、相手を恐れて、あるいは相手の勢いに負けてズルズルと一方的に下がってしまうことだ。

ディフェンスラインはどんな状況であっても、チャンスがあれば冷静にラインを押し上げる必要がある。ラインを1m上げても状況は変わらないように感じるかもしれない。 またせっかく2m押し上げてもまた2m押し下げられるかもしれない。 だがそうしたこまめなライン操作を試合中、我慢して続けていけば必ず実を結ぶ。相手に押し込まれて苦しいときこそ、こういった地味な汗かきが大事なのだ。相手が10mボールを下げたら、こちらも10mラインを上げるようにする。もちろん肉低的にはかなり辛い作業であるのだが、ここでがんばれば状況は大きく好転する。


現代のサッカーにおいてDFラインのコントロールは勝敗の行方を左右する重要な役割を負っている。 なぜならその動きの出来一つで相手のFWや中盤の動き、果ては味方の動きまでもが、まるで違ってきてしまうからだ。 こうした繊細でなラインコントロールはサッカーをサッカーとして成り立たせるものであると同時に、 DF達は試合中に何十回と繰り返されるダッシュなどの肉体的な疲労と、常に危険なFWたちへのマークも怠れないという精神的な疲労という2つの大きな負担を負わされている。 そのためにこうした作業を90分間全力でこなすことは実質不可能であり、どこかでは必ず休まなければもっとも重要な最後の10分間に足が止まってしまう。

―――試合中に上手に休むことも効果的なラインコントロールの要素の1つだ。
前述のようにラインコントロールを厳密に行うには非常に体力を消耗するため、それを統率する選手は味方の疲労度を考えながら休むべきときには休ませる必要が出てくる。例えば、味方にボールがわたっても、すぐに相手が攻め込めそうにないと判断したときにはディフェンスラインに「上がるな!」 そして時には「下がれ!」と指示し、「今は休めと言うことだ」ということを周囲に理解させる必要がある。 FWが疲れて守備の戻りが遅くなってきたときには、逆に「下がるな!」とか「ここで踏ん張れ」とDFに指示を出し、FWの負担を出来るだけ軽くするようにする。


上記のようにラインの上下動に関して、こういった休息の時間帯まで計算して試合をコントロールしていくのはあまりにも当たり前の行動だ。 つまり「疲れるからやなんだけど、どうにかならないか?」という森岡たちのここでの会話は、 日本を代表する選手達がワールドカップが行われている最中に行うべき会話ではなく、もっと前の早い段階で確認しておかねばならない問題なのだ。 はっきり言えばこの段階でこういった話し合いが行われていること時点で、彼らの戦術的な整合性に対する意識が低いと言わざるを得ない。

一体彼らは4年間で何試合をこなしてきたと思っているのか?
ラインコントロールに疲れて足を止めてしまったことは、今までになかったとでもいうのだろうか?
もっともそういった森岡の進言が仮にあったとして、それに対しトルシエが
「『ダメだ。状況に関係なく常にラインは全力で押し上げろ』と言っていた」というならば納得もするだろうが、
「点を取られなければいい」という松田の話から察して、十中八九そういった会話はなかったのだろう。

■戦術は一体誰のものか?
まず最初に述べておかねばならないこととして、「六月の勝利の歌〜」の中に収められているものは本当の代表を映し出したものではないということだ。 本当の代表の定義は置いておくとしても、膨大なビデオ映像を徹底的に削りとり最後の残った欠片を垣間見ているに過ぎない。 その上で、岩井俊二監督が念頭に置いたのはきっと「現場の雰囲気だけでも伝える」ということだったのだろう。 逆にいえば雰囲気を優先するあまり、内容的に情報としての正確さをやや欠いた箇所もあったであろうということだ。

この30日間の膨大な量に及ぶ資料映像が日本サッカーの宝になるのか、単なる記念撮影のビデオになるのかは今後の活かし方次第だと思うが、 もし本気でその全てを分析することが出来るならば、大きな国際大会における選手のメンタルやコンディションの管理手法について大変な参考になるだろう。 もちろん戦術面においても、大会も非常に高まった緊張状態の中で初めて見せた(かどうかは定かではないが)選手達の意思による修正がいくつか見られたことなど、 消極的と言われる日本の選手達の自主性をどう引き出すかまで含めた、今後の代表の強化において非常に重要な意味を持ちえる。

映像を見ていて気になったのは先ほども指摘したように、必要に迫られなければ選手達の間で戦術的な調整をとらないということではないだろうか。 最近になってJリーグの監督やコーチが、「どうも選手達が戦術的にわかっていない」という指摘をすることが多くなっているのも関係しているのかもしれない。 一部の選手の間には監督の言う通りやっていればいい、監督に言われないとわからない、監督に言われていないから関係ないなどと 監督の縛り付けが強すぎるのか思考を停止してしまっている部分もあるのではないだろうか?

代表を例に挙げるまでもなく、戦術を決めるのは監督の独断でも選手の自己責任でもなく、双方の歩み寄りによるところが大きい。 もちろん基本的な方向性を決めるのはそういった手法を身に付け、またそれだけの権限のある監督自身が行うのが筋だろう。 だがサッカーのピッチ上には監督も気が付かないような実にさまざまな事象にあふれており、そしてそれに気が付けるのは選手達だけである。 「この場面での対応はどうするのか?」といったことを選手間で、時には監督と相談する時間を設けて解決する手法が最も効率よく、建設的で、選手達の不満も出にくい。 本当の戦術とは上辺の布陣だけをなぞった概念的存在ではなく、むしろこうした泥臭いやり取りの中から生み出される情熱のような存在なのだ。

かつての代表チームにそういったやり取りがどこまであったのか今となってはわからない。
しかし、そこには確かに危機感に背中を押された選手達の芽生えのようなものが映し出されていた。

次回は上記で示した現代における3バック戦術の事情を踏まえ、3バック及びディフェンスの戦術の方向性について考えていく。

<seri>