■「斯くも曖昧なサッカー用語」

以前から「サッカーは実践ばかりが優先され、学術的な研究が足りない」と指摘してきたが、 その象徴とも言えるのが各国で使われるサッカー用語の不統一性だ。 「ゾーンプレス」「モビリティー」についてはこのサイトの中でも取り上げてきたが、 他にも曖昧な表現や全く別の意味で使われている言葉が多数存在しているのが現状だ。

■紛らわしい言葉
手始めに簡単なものから紹介していくことにしよう。
例えば「チェック」という言葉の意味は次のようになる。

>■チェック(Checking,Checking run)
>――ある方向に動き出そうとする前に、一旦逆方向へ2,3歩ダッシュしてから急に方向を変えてダッシュする動き。

これはサッカーの技術書などによく記載されている攻撃の用語である。
だがこれが良く似た言葉の「フォアチェック」となると全く意味が違ってくる。

>■フォアチェック(Fore-checking)
>――ボールを奪われたら前線から積極的にプレッシャーをかけて相手のスペースをなくし、 できるだけ相手ゴールに近いところでボールを奪うことで攻撃につなげようとする守備戦術。

”フォア”と付けるだけで”チェック”が一転して守備戦術の用語になってしまった。
そもそも「チェック」には「フォアチェック」と同様に「守備時における相手選手へのアタック」の意味をかなり含んでいるのだ。

また前線以外での”チェック”、例えばDFの相手選手へのプレッシャーなどを特に「チェッキング」とも言うのだが、 フットボールカンファレンスなどの報告によると、 トルシエ前代表監督などはフリーな相手選手がDFラインに迫ったときに行うチェッキングを”ストッピング”と呼んで指導していたという。 フランスサッカー協会ではそういう呼び方もあるのかもしれないのだが、日本で”ストッピング”といえば次のような意味になってしまう。

>■ストッピング(stopping)
>――浮いたボールをコントロールするボールコントロールの技術。
ボールの勢いを殺してその場に止めたり、方向を変えて持ち出したりする。 これに対し、足の裏やインサイドなどを使って地面にボールを押さえつけるようにコントロールすることをトラップまたはトラッピングと言う。

これは確かに紛らわしい。
このように現在平然と使われているサッカー用語の中にも相当の誤用が心配される単語がいくつもある。

紛らわしい言葉はこれだけではない。
次に挙げるのは「バイタルエリア(Vital area)」という言葉だ。
一般的に”バイタルエリア”は”ゴールの幅と同じだけのペナルティーエリア付近”のDFにとって最も重要な地域を示す言葉だ。 本来の意味が”致命的な地域”であるだけに、どこからどこまでがバイタルエリアにあたるかの厳密な規定はない。 実際には「バイタルエリアを意識しろ」とか「バイタルエリアに相手を入れるな」とか選手の意識付けの為に使われることも多い。

だが”バイタルエリア”にはこれとは明らかに違う別の地域を表す場合がある。
その地域とはDFとMFの間、DFライン前方のスペースである。
この意味での”バイタルエリア”は、例えばディフェンスラインの戦術を説明するのに便利であるので非常によく見かけることが出来る。 何故ならバイタルエリアをその都度、文章である程度正確に表現しようとすると、 「MFとDFラインの間に空いた大きなスペース」と繰り返しの説明になってしまうので、それを避けることが出来るメリットが大きい。 ”バイタルエリア”は守備側にとって危険な地域一般について述べていながら、 実際にはこれら2つの地域を表す場合にのみ使われている。

最後に、FWのことがよくストライカー(striker = 主に得点する役目を負っている選手のこと)と説明されているが、 これがストライキング(striking)となるとどういう意味になるかご存知だろうか?
実はストライキングとは”相手プレーヤーを殴る、または殴ろうとする行為。相手につばを吐きかける行為”を示している。
覚えておいてそれほど損はないだろう。

■誤用されている言葉
先の「ゾーンプレス」などもある意味では誤用されてきた言葉のひとつであるが、 他にも知らず知らずのうちに誤用してしまっている言葉は多数ある。

”システム”という言葉は代表的なものの1つだ。
日本ではピッチ上の人員配置、布陣のことを”システム(system)”と言っているが、 残念なことにこの言葉は海外ではほとんど通用しないようだ。 海外(欧州)では布陣のことは”フォーメーション(formation)”と呼ばれることが圧倒的に多い。 「4-4-2 formation」などのように使わる。

日本独自で新たな意味を獲得した言葉にボランチ(ポルトガル語)が挙げられる。
まず指摘しておかなければならないのが、ボランチは”船の舵取り”ではなく、”車のハンドル”のことを言うということだ。 これはアンカー(船の錨)という同じく守備的なMFを指す言葉と混同されたものだと思われる。 ボランチには他にも”移ろいやすい”という意味があり、このポジションのこなすべきタスクの多さをよく示している。

そもそもブラジルでいうボランチの本来の役割は”守備的MF(ディフェンシブハーフ)”とは若干異なっている。 本来のボランチでは守備よりも後方からの攻撃を組み立てるイメージが強いのでイタリアで言うレジスタ、 あるいは現在日本で使われているテクニカルボランチなどにあたる。名波のようなプレースタイルと思って頂いてほぼ間違いない。

逆に本当の意味での守備専属のMFという意味での守備的MFは先に挙げた”アンカー(船の錨)”という言い方が最も適している。プレーイメージは日本代表での戸田のような感じだ。 他にも守備的MFの呼称として”ワイパー”、”ミッドフィールドリベロ”、 またリベロの役割をこのポジションが受け継いでいたことから”フォアリベロ”などと言われていたこともあった。 現在はフォアリベロはDFラインの中にあってカバーリングと後方からの攻撃の組み立てを行う DFリーダー的な選手のポジションを指すようになってしまっている。

リベロ(イタリア語)についての誤解も解いておこう。
日本では「リベロ」=「フリーマン」というイメージがある。 一般的にはDFライン後方で守備的なカバーリングと攻撃の組み立て、自由に攻撃に参加するプレーヤーという意味合いだろう。 しかしこれがDF戦術と理論に一日の長がある元祖イタリアでは全く違う捉え方をする。
最大の違いとして、イタリアのリベロは基本的にゲーム中に上がることがない。 歴史的に見るとバレージなどの多少の例外もいたが、基本的な認識としてはこういったものだ。

「DFラインに固定されているのに何故リベロ(自由)なのか?」
日本人の感覚からすれば当然の疑問なのだが、 それについてはゾーンディフェンスとカバーリングの関係について考えていけば自然と答えは導かれる。 つまりこのDFポジションには特定のマーカーがいないのだ。 リベロにマーカーが生じるのはDFラインのどこかに綻びが生じたときのみである。
<マーカーがいない=相手FWのポジションに依存しない自由さ=それ即ちリベロ>
という実にイタリア的発想でのポジションの呼称なのだ。
このイタリア的リベロのことを日本では多くの場合、スウィーパー(=掃除人)という。

現在ではこの古典的な意味でのリベロは存在しなくなってしまった。
それは深いリベロが生み出すギャップ によるデメリットが際立ってきたためであるのだが、 そういった影響もあってリベロはDFラインに吸収されるようになり、 本来持っていたはずのある程度の自由度もアンカーから発展を遂げたボランチポジションに吸い上げられてしまった。 このDFラインに吸収されたリベロのことをかつてはフォアリベロとも呼んでいたのだが、 現在ではリベロというと直接フォアリベロのことを指すようになっている。 それは日本代表では宮本や森岡がリベロと呼ばれていたことからもわかる。

しかし4バックが守備戦術の主体となっている現在では、リベロという言い方すらされなくなってしまった。
かつてあれほど尊重されたリベロが今ではせいぜい”リベロ的な役割”という程度の意味合いでお茶を濁してしまっている。
これもそのポジションと共に姿を消す言葉の1つになるだろう。

■地域的違いが大きい言葉
以前「フラットバック4」という言葉を使ったが、 そこで述べたことには実は誤解を生む要素が多いので。 その中では”フラットバック4”があたかも”4バック戦術のの最新理論”として使われているかのように書いてあったのだが、 実のところイングランドではフラットバック4というのはリベロを置く4バック(3ストッパーと1リベロ)と区別するため以外に大きな意味を持たない。

守備戦術の起源が、
”マンマーク”→”ゾンディフェンス”→”フラットディフェンスの概念”
の順番であるために、ついこの間まで実はリベロ的なポジションの概念が支配的だった。 最近でこそアフリカのチームでさえ、綺麗な一直線の組織的なDFラインを形成するようになったのが、 そういった伝統的なリベロを置いた4バックに”平ら(フラット)である”と敢えて強調したために”フラットバック4”なのだ。

ある意味ではディフェンス4人が横に並んでいれば、それだけで十分フラットバック4であると言える。
これに対して”フラット4”という言い方があるが、これは高いラインを保つディフェンスを示すのに使われる。 トルシエの”フラット3”はこの文脈に沿って名付けられたものに過ぎない。

国や地域によってポジションに対する認識が異なることは想像に難くないが、ことさらSBについての見解の相違は驚かされるばかりだ。
例えば最近読んだイングランドの著書にはこのようなことが書かれていた。
>「サッカーがこのまま進化を続けるならば、将来的には3人で守ることも可能かもしれないが、
>現在、ディフェンスの戦術には2通りの方法しかない。4人で守るか、あるいは5人で守るかだ。」

ちなみに著者はイングランドサッカー界でも非常に戦術に造詣の深い人物として有名なようだが、 この文章のおかしい部分はあなたは見つけられただろうか? 全く違和感を感じなかった人は、今すぐスタジアムに行ってDFラインの人数を数えてみるべきだ。

この文章には彼らの考え方がよく現れていると言っていい。
どうもイングランド人からすれば3バックというのは存在しないようで、 それを敢えて5バックと言い切ってしまうということは、後方の地域をゾーンエリアによって完璧に分割しないと気が済まないとも取れる。 3バックの弱点として、中央のディフェンスを厚くする代わりにどうしてもサイドが空いてしまうのだが、彼らからすればそれは有り得ない愚行ということになるだろう。 つまり実際には彼らの中ではWBというポジションは存在せず、WBは上がり目のSB程度の認識に落ち着くわけだ。

”3-5-2”は彼らのフィルターを通すと”5-3-2”ということになるだろうし、実際に3バックをそのように表現している。 数字だけを見ていると相当守備的な戦術のようにも思えてくるから不思議なのだが、なるほどプレミアリーグに4-4-2の戦術が多いのも納得と言ったところだろう。 3-5-2の読み替えを行うのはイングランドだけではなく、スペインでもこれと同様のことが行われている。

伝統的に4バックのゾンディフェンスを行う両国の間には、共通したディフェンスライン関する概念があるというのが面白い。 プレーのスタイルもサイド攻撃を基調としており、そしてワールドカップで何故だかそれほど強くないというのも共通している。 確かにサイド攻撃を気がねなく行うためには、SBというポジションはそのたにどうしても必要になってくるだろう。 ある意味ではサイド攻撃をアイデンティティーとする彼らにとって、SBは必要不可欠なものであるとも言えるのかもしれない。

SBだけではない。
この手のポジションの認識の相違については枚挙に暇がない。
特にイタリアのMFのポジションの呼称はイタリア語独特の言葉使いと同様に特殊なものが多く、 以下に示す例もそういったもののほんの一例だ。

tifosissimo:キーワードで読むカルチョ(3):イタリアサッカー用語集

これで代表的なものだけ、というのだから困惑してしまう。
この認識の違いはイタリア独特の”ポジションチェンジのないサッカー”がもたらしているものだ。 仮にもしポジションが頻繁に入れ替わるサッカーならば、試合の中で当然選手間の役割も入れ代わってしまうからだ。

オランダのトータルフットボールが全盛だった時代、「彼らをポジションに当てはめるのには意味がないことだ」とさえ言われた。 現在のイタリアはこれと全く逆の流れにあると言っていいだろう。 つまり相手にボールがわたった場合の守備にばかり気を使うために、ポジションを入れ替えるのを極端に嫌うのだ。 ポジションが入れ替わらないので、役割が入れ代わらず固定的に強直的になるということだ。 点を取る人、パスを出す人、パスを出す人につなげる人、ゴール前を守る人、ゴールを守る人。 細かな役割分担が完全に出来あがっており、そのためにセリエAにいる選手は専門的なスペシャリストがズラリとそろっている。 スペシャリストと固定的ポジションがもたらすものが、これらの多様なポジションの呼称ということに他ならない。

これが逆にイングランドなどではポジションの呼称は非常にシンプルだ。 GK,CB,SB,CH,SH,FW。これだけあれば十分こと足りてしまう。 言い返せばポジションの入れ代わりが激しく、役割がよく切り替わるという証拠なのだろう。 イングランドやスペインで共通する代表選考の基準が「今調子の良い者を選ぶ」というものであるのも、 これらのポジションの少なさとはやはり無関係ではない。

■煩雑な言葉の中で
サッカー用語は欧州の情報がたくさん入ってくると供に、益々混乱の色を濃くしているように感じる。 そのほとんどが文字情報と映像の組み合わせという中で、その煩雑さだけが目立っている。 これらの言葉をいい加減に使うのも考え物だが、一方でその厳密さを強引に押し通すのも考え物である。

現清水エスパルスの若手監督である大木武氏はあるとき記者の質問に対して 「ボランチではありません、セントラルミッドフィールダーです!」とわざわざ注意するということがあった。 情熱と知性を併せ持つ最近の若手日本人監督は勉強家なようだし、実際よく勉強しているのだろう。 ボランチとセントラルミッドフィールダーの違いに言及したくなる気持ちもわかるのだが、 だからと言って質問した記者の方の立場に立てば「この人は何故こんなことに怒っているのだろうか?」と思うのではないだろうか? 少なくともこのシチュエーションでは言葉の相違について言及する場面では明らかにないのだ。

日本では言葉を口に出して言うと”言霊が宿る”などと表現する。 口に出したものは現実に起こるという言い伝えのようなものなのだが、言葉とはそれほど強い力をもつ危険なものなのだ。
だが正確な意味を気にするあまり、一々注釈を付けていてはコミニケショーンツールとしての役割が損なわれてしまう。 本来のボランチの意味ではないかもしれないが、日本人のボランチの共通理解が”守備的な役目を負ったMF”であるならば、 そこはグッと我慢して言葉を飲み込むべきだったと思う。

既に十分すぎるほど広まってしまったような言葉、例えばゾーンプレスやボランチの言葉の概念は、 本来の意味とは多少違っていることがわかっていても「それもまたサッカー文化だ」という広い心でと受け入れるべきだと思う。 とはいえ、やはりサッカー協会や技術委員会ではなくそれに相応しい然るべき機関で、例えば最近発足したフットボール学会などでサッカー用語の統一への早期の活動が行われることがもっとも望ましい姿であるように思う。

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