■「有効なセンタリングの球質に関する考察」

Jリーグでは、ついこの間まで次のようなことがいわれていた。

「日本人はセンタリングが下手だ」

パスやドリブルでせっかく崩した相手のサイドを、肝心のセンタリング(クロスボール)を明後日の方向に飛ばすことで不意にするのは、今に始まったことではない。Jリーグのレベルも年々上がり、この部分に関しては数年前の状況よりはかなり改善されてきているものの、まだまだ十分なレベルに達しているとは言い難い。

如何にしてセンタリングの精度を上げるのか?
如何にしてFWに質の良いボールを届けるのか?
今回はゾーンマークとポジショニングの見地から、センタリングの球質を考察していこうと思う。

■センタリング時の典型的モデルケースを考える
今回は考えるのは、フリーの選手にうまく合わせるセンタリングではなく、相手の守備の隙間を突く場合のセンタリングを考察する。 そのため、まずはセンタリングを上げる選手と受けるFWの関係を以下のようなモデルケースを用いて考えていく。


”財団法人日本サッカー協会発行のサッカー競技規則”より、標準的な大きさのピッチに対して上記のような選手の配置を想定した。 選手は全部で4人で、ペナルティースポットの同一線上にそれぞれ配置する。 センタリングを上げる選手をペナルティーエリアとタッチラインの中間地点に置き、ターゲットとなるFWの選手はペナルティースポット上に配置する。 FWがゾーンマークされることを想定し、スポットの左右に1.5mの間隔でDFを2人配置した。


これを横からのアングルで見た場合、選手は図のような位置関係となる。 中央の曲線はセンタリングの軌跡を概念的に示したもので、実際のボールの軌跡とは若干異なっているので注意してほしい。 (時間が許せば、よりリアルな軌跡を描写することも可能だったが、筆者の流体力学の知識が不十分なため今回は簡略図とした)


更にゴール前のFWとDFの関係を詳細なモデル図で描き出してみた。

選手の身長は一律180cmとし、センタリングの目標地点をFWの頭頂部から0.5mと設定した。実際のサッカー選手の垂直飛びの最高到達地点はこれより上だが、ヘディングを十分な威力で放つには体を反らした上に、額のやや上にボールをヒットさせる必要があるため、10cmほど設定を低くした。

FW(図中B)とDF(図中A及びC)の関係はゾーンマークを意識し、先ほど述べたように左右に1.5mの間隔で配置した。 各選手が優先的にヘディングに競り勝てる領域を、お互いの位置から0.75mとその直上の空間と定義。そこに落ちてくるセンタリングのボールは全てシュートまで結びつくものと仮定する。

上の図では、センタリングがFWに届く時点でボールが「仰角15度」の方向からBの有効な領域に侵入すると想定し、そこにボールが落ちるためにはセンタリングにはどの程度の精度(進入幅)が求められるのかを、図上で正確に計測してみた。

サッカー的な視点から見ると、この「仰角15度」という角度はセンタリングの角度としてはかなり厳しい角度で、真横からストレートボールが飛んでくるように感じられるだろう。この場合はBの優先領域に入るための許容誤差は0.388mで±約20cmといったところだ。サッカーボールの直径が約23cmであることを考えると27m先のターゲットに対しボール1個分の誤差も許されないという計算になる。


次は角度をやや急にし、仰角30度からセンタリングが進入する場合を考えてみた。 一般的なセンタリングよりもやや急な角度だが、その分ボールの軌跡は山なりで威力は緩く、タイミングを合わせるのはそれほど難しくないだろう。 先ほどよりも有効領域への進入幅が広がており、許容誤差は0.75mで±37.5cmにもなった。ボール約一個半の誤差が許される計算になる。 これならば、正確なセンタリングを上げる選手は、数本のうち1本はゾーンとゾーンの間に納まるボールを蹴ってくるだろう。 だが山なりのボールはFWにとって合わせやすい反面、同時に相手DFがポジショニングを修正する時間も与えることになるため、1.5mの間隔の有効範囲が若干縮まることが予想される。

上記2つの例から総合的に考えると、ゾーンの間で待つFWにとって有利なセンタリングの球質は、ターゲットポイントに対して急激な角度をつけながら、速い速度で進入するという、ある意味で矛盾した性質を兼ね備えていなければならない。

だが、その条件を満たす球質がたったひとつだけある。
それがいわゆる”落ちるボール”だ。

■何故落ちるボールは有効なのか?

まずは、前述の2次曲線を描いた放物線とは異なる”落ちるボール”の場合のボールの軌跡を考える必要がある。 有効となのは、DFが体制を整えた後に軌跡を変える場合のボールであるから、PA内に進入してから急激に落ちていく軌跡のモデルをイメージした。 (もちろん、この図上の軌跡も先ほどと同じ理由で簡略化されている)


ボールの落ちる度合いは、ボールの速度及びその回転速度(この場合は進行方向に対して順回転、キャプテン翼で有名なあのドライブ回転)に比例する。 (ボールの空気抵抗はボールの速度に比例する。上空から落ちる雨粒に打たれても、誰も大怪我をしないのは、雨粒の速度による空気抵抗と重力による加速がつりあっているため)

ここでは「仰角15度」と同等のスピードで放たれたボールが、ドライブ回転によって最終的に「仰角45度」でターゲットポイントに進入した際の有効幅を示している。45度という角度は、次項で示すような落ちるセンタリングを得意とする選手が蹴ることで生じさせることが出来る、限界ギリギリの角度だろう。 これだけの角度があれば許容範囲もかなり広く、幅1.061mで±約50cmの有効誤差が得られた。ボール2個分ターゲットとズレても、まだお釣りが来る計算だ。


これらの条件から導き出された有効誤差を、今度はセンタリングを上げる側の視点から整理したのが上の図だ。

27m先の的が「1m」であるか「0.4m」であるかの差は、数値から受ける感覚以上に実は大きい。 サッカーでよく言われる”落ちるボール”がセンタリングの際に有効である理由は、センタリングの軌道がそれを受け慣れていない相手のDFやGKには読みにくいという要素ももちろんあるが、ここで示したようにボールが角度をつけてターゲットポイントに進入することで、FWがDFに競り勝つ確率が上がり、更にセンタリングの有効誤差が大きいという2点によるのではないだろうか?

これだけ球質によるセンタリングの有効誤差に差があるならば、各チームはサイドに配置する選手のセレクションを考え直す必要が出てきそうだ。 どれだけサイドを突破しても、直線的なクロスボールを正確に上げる選手よりは、多少荒れ球でもよく落ちるドライブ回転のセンタリングを上げる選手の方が得点になる確率は高いということがいえるだろう。

■ピッチに存在する科学について

(『J SPORTS:2005年シーズンJリーグ第1節 清水 vs 広島』より)

上の図は今年のJ1開幕戦の清水x広島戦のワンシーンから。

後半残り10分。
広島が1点ビハインドの場面で駒野が放った会心のセンタリングは、急激に曲がり落ちながら中央でかまえる187cmの長身FWガウボンの頭上をかすめていった。急激な落差を与えられたボールは、清水のDFとDFのゾーンの間に待ち構えていた茂木の足元に吸い込まれていく。茂木は難しいタイミングで飛び込んだこのボールをダイレクトボレーで流し込み、貴重な勝ち点1を広島にもたらした。

ジャンプした長身FWの頭を越えたボールが、すぐ後ろの選手の足元に落ちてくる。
「落ちるボールのセンタリングでは、軌道が少々ズレてもシュートにつながるミートポイントが十分ある」ということよくわかるシーンだろう。

もっとも、ここまで読んでこう思う人もいるかもしれない。
「サッカーに科学を持ち込むなんてナンセンス。選手の感覚を信じてやるのが大切だろう」

本当にそうだろうか?

サッカーには実に様々な科学が溢れている。
サッカー選手の体調管理は、定期的な採血の科学的データを利用するのが主流だし、
真円に近くどんな角度からも蹴りやすいボールも、
足に負担が少なくピッチをよく噛むスパイクも、
汗を急速に蒸発させるユニフォームも、
全て科学的な根拠に裏付けられて設計されている。
芝の管理も、
スタジアムの設計も、
コンタクトレンズも、
選手愛用のヘアカラーリング剤だって、全てに同じことが当てはまる。

ボールを蹴り始めた途端に、「後は選手の感覚で・・・」というのも妙な話だ。
全てのプレーには明確な根拠、あるいは意図が必要だ。
いつ何時でも正確にセンタリングが蹴れるならば誰だってやっている。
そうはならないから、人はもっとうまくやる方法を考える。
現状を少しでも改善するために工夫すること、それを人類は”科学”と定義してきた。

サッカーだって同じはずだ。
工夫することが科学なら、日々の鍛錬と工夫で生み出されたプレーは、十分科学的といえる。
プレーの理由付けのために科学を利用するのではなく、科学からサッカーそのものを見つめ直していく。
そういうアプローチがもっとあってもいいはずだ。

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