「【CL決勝分析】リバプール vs ACミラン」(2005/08/12)

<目次>
1. リバプールの特徴的サッカースタイルとベニテスの選択
2. 【前半戦】布石となった小さな修正
3. 絶望を勇気に変えて 〜ベニテスによる解法〜
4. 王者の風格と高慢さ 〜ミランが内包する弱点とは〜
5. アンチェロッティーの犯したミス
UEFA Champions League 04-05 Final
・リバプール vs ACミラン (0-3)(3-0 PK3-2)
|  [ リバプール 前半 ]  |  [ リバプール 後半 ]  | [ ACミラン スタメン]
|              |              |
|  キューエル   バロシュ    |      バロシュ      |  クレスポ   シェフチェンコ
|              |              |      カカ
|              |   ジェラード ガルシア    |
|リーセ          ガルシア|リーセ          スミチェル|セードルフ       ガットゥーゾ
|   ジェラード アロンソ       |    ハマン  アロンソ       |      ピルロ
|              |              |
|トラオレ ヒューピア キャラガー フィナン |  トラオレ ヒューピア キャラガー  |マルディーニ ネスタ スタム  カフー
|              |              |
|      デゥデク     |      デゥデク     |      ジダ
 5月25日、1年にもおよんだ長き戦いの集大成となるUEFAチャンピオンズリーグ決勝の日。イスタンブールはアタチュルク・スタジアムにて、イングランドの 古豪リバプールとイタリアの盟主ACミランの頂上対決が実現した。決勝に勝ち上がった両チームを率いるリバプールのベニテスとミランのアンチェロッティー。 既に名将の誉れ高い監督たちは、この決勝でもその名に恥じない激しい戦略の応酬を繰り広げることになる。

 今回はリバプール、ベニテス監督の戦略と采配に着目し、試合を検証していくことにする。

1. リバプールの特徴的サッカースタイルとベニテスの選択

 リバプールのサッカーは幾つかの特徴的な要素を持っているが、中でも際立って特徴的なのが試合によって攻撃的なオープンスタイルと守備的なクローズドスタイルを使い分けている点だろう。

 ベニテス監督就任1年目となる今シーズンは、リバプールは国内リーグにおいてはオープンスタイルで攻撃的な戦いを展開することが多く、実際にチェルシーらの強豪チームを相手にしてもダイレクトパスを多用して相手を圧倒するシーンも目立っていた。しかし、相手を押し込むこのオープンスタイルで戦ったときの勝率が決して高くなく、その主な原因は攻めきれないためにボールの失い方が悪く、そこから相手のカウンターを受けてしまい失点を重ねてしまうことが多いためだ。

 そのため、確実性が求められるチャンピオンズリーグにおいては、まだ十分に使いこなせないこのオープンスタイルは封印し、リスクを取らない守備的なクローズドスタイルで戦うことをベニテスは選択してきた。決勝トーナメントに入ってからのリバプールは、ユベントスやチェルシーの攻撃力をこのスタイルにより無力化することに成功し、最少得点差でしぶとく勝ち上がってきている。

 この流れからいえば、当然決勝で採用するのは相手の攻撃力を削ぐクローズドスタイルのはずだが、決勝でリバプールが採用したスタイルは明らかにオープンスタイルの方だった。なぜベニテスは不確実性ばかりが先行するオープンスタイルを採用するに至ったのか?その最大の理由は、おそらく対戦相手がミランであったからということに尽きるだろう。

 仮にリバプールがクローズドスタイルで試合にのぞめば、ミランのボール支配率が高まるような展開になることは明らかだった。ポゼッションスタイルを採用するチームとしては異例の完成度を誇るミランのボール保持の時間が長くなればなるほど、彼らの最も安定したパフォーマンスを引き出すことになる。その状態が長引けば、いかに堅守が自慢のリバプールといえども、90分間内での失点は確実なものとなってしまう。

 チャンピオンズリーグの決勝は一発勝負で全てが決まる。1点差を争うこの試合での“クローズドスタイル”と“対ACミラン”という組み合わせを考えた場合、リバプールには勝利の目が極端に出にくいと考えられた。一方で、ミランは昨年のデポルティーボ戦、今年のPSV戦などに象徴されるように、相手チームから攻撃的で素早いプレッシャーを受けた場合には非常に不安定なパフォーマンスを示すことも多い。

 これらのことを総合的に考慮し、リバプールはあえて攻撃的なオープンスタイルでミランの一方的な展開を阻止することで、ミランの力を最小限にとどめようと考えたのだろう。

2. 【前半戦】布石となった小さな修正

 試合開始直後、まず主導権を握ったのはミランの方だった。
 右サイドで得たピルロのFKをマルディーニが決めて幸先よくミランが先制すると、そこからは自陣のスペースをうまく埋めながらカウンターで追加点を狙う形へと徐々に意識をシフトしていく。

 リバプールはオープンスタイルで相手にリズムをつかませないはずが、逆にセットプレーからの失点によりゲームプランがいきなり崩れてしまう。先発のFWキューエルが機能しないばかりか、攻撃時には自由にポジションをとるルイス・ガルシアを配した右サイドの裏のスペースを、カウンターからLBのマルディーニに何度も突かれるシーンが目立っていた。

 前半23分、ベニテスはスタムとの接触で負傷したキューエルに早々に見切りをつけ、MFのスミチェルと投入、問題だった中盤の右サイドに配置する。この交代で守備時に生じていた右サイドのスペースを消すと、今度は右サイドにいたルイス・ガルシアをセカンドトップとしてキューエルの代わりにFW上げることで、うまく攻撃のリズムを取り戻すことにも成功した。

 アクシデントにも動じず、冷静な判断でチームの修正を行なったリバプール。リバプールの反撃かと思った矢先に、試合前からの懸念事項であったミランのカウンターが炸裂する。

 前半39分、DFラインの前でボールを持ったカカは、前方にスペースへとドリブルを始める。そこから右サイドのエッジにポジションをとったシェフチェンコへのスルーパスが通ると、中央に折り返したボールをクレスポがゴールへとねじ込みミランが追加点を奪う。44分には、ジェラードの不用意な寄せを見事な反転でかわしたカカが、前線で待つクレスポに絶妙なスルーパスを送り、飛び出したデゥデクをあざ笑う浮き球のループシュートで決定的となる3点目を奪った。

3. 絶望を勇気に変えて 〜ベニテスによる解法〜

 前半だけでリバプールは3点のビハインドを背負ってしまう。それも意図したサッカーがほとんど通用しない中での失点が続いた。残りの45分間でミランを相手に最低3点を取らなければ何の可能性も見出せないという究極のビハインドに、リバプールは完全に意気消沈していた。
 「まずは顔を上げよう。早い時間に点を取れば、きっと流れは変わる」
 重たい空気の中、ベニテス監督は冷静に事態の修正にかかる。

 後半に向けて修正しなければならない点が2つだけあった。
 1つは試合前に植え付けた攻撃的なチーム特性を保ったまま、ミランの強固な守備を打ち破れる攻撃力をチームから引き出すことと。2つ目は、攻撃に人数を割くために守備においてはポイントだけを抑えて、出来るだけ人数をかけずにそれを強化するような采配をふるうこと。

 それはあたかも多次元方程式の解を求めるがごとく、いくつもの要素と選択肢が絡み合う複雑な作業だったに違いない。おまけに、その思案を巡らすために与えられた時間はハーフタイムのたった数分間だけ。ベニテスの頭脳がはじき出した答えは、大胆かつ明快なものだった。

 上記のことを実現するためにベニテスが行なった具体的な修正点は2つ。
 1つ目は、ハマンを投入することにより、前半自由にさせすぎたカカを抑えること。前半終了間際の2失点に限らず、リバプールが守備の形を大きく崩されたシーンには必ずと言っていいほどカカのドリブル突破が絡んでおり、MFとDFラインの間のバイタルエリアで僅かなスペースを狙うカカに自由を与えすぎたことが、失点の最大の原因だった。バイタルエリアを埋めて中盤の負担を軽減するとともにカカの単独での突破を防ぐために、まずは前半の攻撃的な特性を持つアロンソ、ジェラードのダブルボランチの組み合わせから、守備的MFであるハマンとアロンソへと組み合わせのパターンを変更したのだ。

 2つ目の修正として、ベニテスは攻撃により人数を裂くために、前半[4-4-2]のフラットだった布陣を、[3-4-2-1]へと変更してきた。カカのケアに追われていた中盤を2列に構成することで前列は攻撃に、後列はカカへの対応を含めたバイタルエリアのケアに専念させ、このことで誰がマークするのか曖昧だったカカへの対応が明確になっただけでなく、攻撃においても役割分担が明確になった。特に、前半は消化不良気味だったジェラードの攻撃力を開放するために、ポジションを一列前のよりゴールに近い位置に配置したことは、その後の試合展開に大きな影響を与えることになる。

システム変更によってDFラインの人数が3人から4人となり、そのことで失点の高いリスクも負うことになるが、後半にはミランがカウンターの意識をより高めることでカカやセードルフが3バックの弱点であるサイドエリアの深くまでは侵入してことを、ある程度見越しての采配だったといえるだろう。

4. 王者の風格と高慢さ 〜ミランが内包する弱点とは〜

 後半開始の時点で3点をリードしていたミランは、前半と同様に攻撃陣を前線に残しつつも、引き気味の位置からカウンターを狙うバランス重視の戦略を継続していた。それに対しリバプールは、前述のようなシステム変更によりチームの機能性を取り戻すことに成功し、攻撃の圧力を一気に強めていく。

 54分、攻守のキーマンであるジェラードが後半になって任された攻撃的MFのポジションから前線にうまく侵入すると、反撃のノロシとなるヘディングシュートを相手ゴールに叩き込んだ。リバプールで最も警戒すべきはずの男をあまりにも安易にフリーにし失点を許したミラン。この得点が呼び水となったのか、僅か6分間の間にミランは立て続けに失点を許してしまう。

 そもそもミランが相手の圧力を受け、激しく押し込まれたときに決まって失点を重ねるのは今回に始まったことではない。その原因は、中盤から飛び出す選手をうまく捕まえられないことにあるといって間違いないだろう。中盤の底にいるピルロはもちろん、セードルフやガットゥーゾは平面的な守備には高い対応力を見せるものの、DFラインの中に入っての守備など立体的な対応はひどく苦手としているのだ。それでもなおミランが高い守備力を誇っているのは、マルディーニとネスタのチェック&カバーのコンビネーションによるところが大きかったのだが、この日のように例えばマルディーニに変わってスタムなどがCBに入ると、相手の中盤からの進入に対するマークの受け渡しがうまくいかず、ポッカリとマークを空けてしまうシーンを頻発させる。

 3点目のPKへとつながったジェラードの鋭い飛び込みも、ポジション的にいうならば本来は中盤底にいるピルロがついてしかるべきものだったが、ミランではピルロがそういった役割を負うことはなく、隣のポジションでより広い守備範囲を持つガットゥーゾに対応させることになっている。だが、このシーンでのジェラードのように絶好のタイミングで前線に飛び込まれては、本来とは離れたポジションの守備をこなしきれなくなる。

 このことはミランが準決勝で対戦したPSVとの2ndlegでコクが放った終了間際のゴールにも同様のことがいえる。このコクの得点シーンにも中盤からの飛び出しをマークしきれないミランの守備面での問題が象徴的に表れている。選手の個性と組織力が密接に結びついたミランの中盤にはそれらの強い個性が生み出す複雑な役割分担が存在しており、それが結果的にガットゥーゾのファールと3点目のPKを生み出してしまった。

 王者の風格を漂わせ、試合中のいかなる変化にも対応できるかのように思われていたACミランだが、その攻撃的なチーム作りの裏に隠されたこうした守備面の問題は、現在のスタイルを築いてから1年半以上も放置されたままの状態にある。

5. アンチェロッティーの犯したミス

 アンチェロッティーは、同点弾をゆるして以降の残り30分間を守備的な対応でしのぐことになる。システム変更により生じたリバプールの2ラインの中盤に対応するために、カウンター要員として前線に待機させていた両FWをセンターラインにまで戻し、ボランチの守備にあてたのだ。

 これにより試合は硬直状態へと移行し、双方とも90分間では決着をつけられず15分ハーフの延長へと突入していく。
 「あの6分間は説明がつかない。とても残念だし悔しく思うが、これがサッカーだ」
 試合後、このように語ったアンチェロッティー。確かにベニテスのハーフタイムの采配は、6分間で3点を奪ってしまうほど強力なものではなかったし、それは全く偶然のものだったかもしれない。しかしその偶然が、緻密な戦略と的確で素早い判断によって”意図的に”生み出されていたのもまた事実といえる。

 同点に追いつかれてからのアンチェロッティーの采配は、非常に消極的なものだった。狂気の6分間が過ぎてからも修正のポイントを探れぬまま、終了間際の85分まで彼が何らかの決断をすることはなく、サイド攻撃の切り札であるセルジーニョを残り5分の段階で投入したはいいが、90分の笛が鳴るまで結局彼には片手で数えられるほどしかボールがまわってこなかった。この交代がいかに戦略的に無意味であったかは、延長に入ってからのベニテスの采配によって、より鮮明となっていく。

 延長までのインターバルの明けた後、ベニテスはジェラードのポジションを中盤の右サイドでセルジーニョと対面するスミチェルと入れ替え、そのままジェラードをセルジーニョのマークにあたらせるという大胆な采配をしてみせた。そこからのジェラードのパフォーマンスも圧巻で、セリエAのDF陣を切り裂くセルジーニョのドリブルを全て完璧に防ぎきってしまう。

 この采配は、リバプール側もサイドの守備に不安を抱えた状態であったこと、更には守備のリスクを抱えた上で後半45分間を戦ったベニテスとそれを5分間しか許容できなかったアンチェロッティーには明らかに試合中の決断力に差があることを皮肉にも露呈する結果となってしまった。

 そもそもアンチェロッティーはセルジーニョの投入時間を決定的に見誤っていた。延長戦までのインターバルは戦略を練る時間をベニテスに与えることにつながり、またそのことでジェラードは守備的なポジションに追いやられてしまい、延長戦が味気ないものになってしまった。

 例えば、セルジーニョの投入時間が後半の早い時間であれば、後ろの守備はマルディーニに任せてでもリバプールの3バックのサイドを破る可能性が考えられたし、逆に投入時間が延長開始直後であれば、今度はベニテスのジェラード右サイドコンバートの決断はなされず、セルジーニョが封殺されることもなかったはずなのだ。ある意味では、アンチェロッティーの采配が試合の興を削いでしまったといえる。

 チャンピオンチームにふさわしい積極的な決断をし続けたベニテス、王者としての自信ゆえに消極的な采配しか出来なかったアンチェロッティー。延長戦の後に訪れたPK戦は、こうした互いの将の決断力を象徴するかのようにリバプールが3-2で制し、大会史に残る壮絶な逆転劇に幕を閉じたのだった。

(Hironari Ishii)